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【企画・NAGOYA発】なぜ「機動戦士ガンダム」はローカル局『名古屋テレビ』が手掛けることになったのか?

2021年11月22日 11時54分

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6月に公開されたガンダムシリーズ最新作「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」(C)創通・サンライズ


◇他のアニメと一線を画す幅広い年齢層
◇第2回「機動戦士ガンダム」(その1)
 世界でも絶大な人気を誇るアニメシリーズ「機動戦士ガンダム」。1979(昭和54)年に放送が始まったが、制作したのは東京のアニメ制作会社「日本サンライズ(現サンライズ)」と名古屋市にあるテレビ朝日系列の名古屋テレビ(メ~テレ)だった。何故にローカル局が手掛けることになったのか。
  ◇  ◇  ◇
 今から5カ月ほど前の6月11日。名古屋市の映画館「109シネマズ」の客席は期待と高揚感であふれていた。この日は東京都などに新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が出されて公開が延期されていたガンダムシリーズ最新映画「閃光のハサウェイ」の初日だった。
 出演声優のトークショーも用意された特別上映回はコロナ禍で1席ずつ席を空けた状況ながら「満席」。10代から60代まで、他のアニメ映画とは一線を画す幅広い年齢層がオープニングを待っていた。ガンダムがこの世に送り出されてから42年。客席には歴史の厚みが凝縮されていた。
◇ガンプラ作った「世代」の一人が…
 「以前公開された『ガンダムオリジン』のレイトショーを見に行くと満席で皆、おじさん。上映が終わった後に拍手が鳴り響くすごい熱量で、ガンダムは愛されていると改めて感じました。『閃光のハサウェイ』でも、関係者を招いた先行上映会にお邪魔しましたが、これだけ多くの人が関わっているのかと、みんな胸が熱くなっていました」

ガンダムシリーズが始まった1979年当時の名古屋テレビ社屋


 こう語るのは名古屋テレビ(メ~テレ)でコンテンツプロデュース部東京担当部長を務める服部保彦さん(49)。静岡県生まれで、10歳で名古屋に転居してきた「ガンダム世代」の1人だ。
 「僕自身、ガンプラもめちゃくちゃ作りましたし、周りもそうでしたね。その後もガンダムを見続けてきました。僕のちょっと上の世代から5年、10年の幅の男の子たちはみんなここを通ってきている。僕が就職先になぜ名古屋テレビを選んだのか、そこにはガンダムを生み出した局ということもありました」
◇土曜夕方に視聴率をとれるのか
 今や地球規模で愛される「ガンダム」シリーズの第1作「機動戦士ガンダム」は1979年4月、名古屋テレビが、東京のアニメ制作会社・日本サンライズ(現サンライズ)とともに送り出した。知る人ぞ知る「名古屋発」のコンテンツでもある。

日本サンライズ(後のサンライズ)の本社があった東京都杉並区上井草。地元商店街にはガンダムのイラストが躍る「アニメタウン」の旗が掲げられたことも=2001年


 名古屋テレビは62年、名古屋地区で3番目の民放テレビ局として開局。77年からアニメ制作日本サンライズとコンビを組んでロボットアニメの制作を始めた。同年の「無敵超人ザンボット3」、78年の「無敵鋼人ダイターン3」に次いでガンダムは3作目だった。
 初代プロデューサーの関岡渉さんら制作陣は、すべて名古屋テレビを退社し、中には鬼籍に入った方もいる。それでも服部さんは制作当初からの歴史や逸話を先輩たちから受け継いできた。
 「当時、テレビ朝日系列は全国でわずか9局。名古屋テレビは全国ネットのロボットアニメを作る際に、当時大手だった虫プロ(漫画家・手塚治虫さんのアニメ制作会社)などではなく、誕生して日の浅い日本サンライズと組もうという話になったそうです」
 日本サンライズと組んだ最初の2作はいずれも子ども向けだった。「3作目として提案されたガンダムは(原作・監督の)富野由悠季さんがやりたがっていたけど、正直言って子ども向けには書かれていなかった。小学生をターゲットとした(土曜夕方の)時間帯で視聴率が取れないのではと(きぐ)する声も社内ではあったそうです」
◇チャレンジャー的な立ち位置だからこそ
 日本サンライズは72年に旧虫プロのスタッフによって設立された。当初は大手の下請けとしてNETテレビ(現テレビ朝日)の「勇者ライディーン」などを制作してきたが、77年に大手の傘を離れて自社制作にかじを切った。「テーマを含めてロボットアニメをオリジナルで作ることこそが挑戦であり、何か生み出したいという熱量があったサンライズの提案を受け入れた。東京でも大阪でもない名古屋という『第3極』のテレビ局。先輩方に言わせると『ガンダム』はチャレンジャー的な立ち位置の名古屋テレビだからこそやれたと」と語る。

 服部さんの話を裏付けるように、同じ49歳の「ガンダム世代」で、ガンダムエグゼクティブプロデューサーを務めるサンライズの佐々木新・常務取締役は「当時は、今ほどアニメがメジャーでなく、全国ネットで夕方にアニメを放送することは、できたばかりのサンライズにとって難しかったと聞いている。新参だったサンライズの仕事を名古屋テレビが受けてくれたことは、とてもありがたく、またとないチャンスをいただいたのかなと想像します」と当時の雰囲気をおもんばかった。
 名古屋のテレビ局と新鋭のアニメ制作会社。熱意あふれるチャレンジャーたちの思いを乗せて発進した新たなタイプのロボットアニメ「機動戦士ガンダム」。しかし、そのスタートは必ずしも順風満帆ではなかった。
(佐藤芳雄)

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