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圧倒される 力強さ 白山、真鶴 美術館2館が交流展 富山では書展  

2021年11月20日 05時00分 (11月20日 14時18分更新)
中川一政

中川一政

  • 中川一政
  • 「酒倉」1914年 真鶴町立中川一政美術館蔵
  • 「少女像」1975年 個人蔵
  • 「二つの壺の薔薇」1971年 真鶴町立中川一政美術館蔵
  • 「駒ヶ岳」1975年 松任中川一政記念美術館蔵
  • 中川一政の力強い筆致による書が並ぶ「画壇の三筆」展=富山市の富山県水墨美術館で

中川一政没後30年

 独学で日本画壇を代表する画家となった中川一政(一八九三〜一九九一年)が没して三十年。母親の実家があった石川県白山市の市立松任中川一政記念美術館と、戦後アトリエを構えた神奈川県真鶴町の町立中川一政美術館の二館が、所蔵品を初めて本格的に相互貸し出しする交流展を同時開催している(十二月二十八日まで)。富山市の富山県水墨美術館では彫刻家・詩人の高村光太郎、画家・熊谷守一ととともに書にスポットを当てた「画壇の三筆」展も開催中(二十八日まで)。書や陶芸、文筆でも活躍した中川の筆に宿るほとばしるような生命力に圧倒される。(松岡等)
 中川が画家を志したのは兵庫県芦屋に滞在中、船員だった知人から欧州土産として絵の具をもらったのがきっかけ。その画材で二十一歳で初めて描いた油絵が、灘の酒蔵を画題にした「酒倉」。巽画会展に出品すると、審査員の一人だった岸田劉生に認められた。
 白山では、真鶴から借り受けた画家としての出発点の作から、戦後に訪ねた欧州や長崎など国内の旅先での作品、晩年までモチーフとして描き続けたバラとヒマワリや駒ケ岳の大作まで、七十年を超える画業をたどることができる。相互貸し出しによって八十号から百号という「駒ケ岳」三枚が並ぶ様は壮観だ。
 中川は、感動を直裁に表現するため「ムーブマン」(動き)、「デフォルマシオン」(感極まって生まれるゆがみ)を大事にした。そうして作品に向き合えば、花々やごつごつとした勇壮な山だけでなく、好きで集めたマジョリカ陶器や孫たちの肖像さえも、デフォルメして描いたのは必然だったと思わされる。
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 水墨美術館の展示は、高村光太郎が残した「書は最後の芸術である」という言葉に導かれて企画された。端正で意識的に自作の詩などを書いた高村、奔放で人をくったようなところもある熊谷に比べ、漢詩や万葉集などを書く中川の筆は、文字自体がゆがみながら画面の中でバランスが取れ、躍動感を生んでいる。
 書のほか、日本画の画材を使った絵と文章を組み合わせた作品も展示。向田邦子さんの小説「あ・うん」の装丁画を担当したことから興味を持ってこま犬を描いた作品「阿吽」もまたデフォルメによって、生きているかのようだ。作品のモデルのこま犬が今回、白山市で展示されているのも面白い。
 白山と水墨美術館それぞれに「正念場」と書いた書が展示されている。ともに一九八九年の作で、九十七歳とは思えない力強さ。中川がどんな思いで書いたのかは明らかではないが、最晩年にしてなお自身と向き合い、筆をとり続けた中川の思いの強さを感じさせる。

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