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古巣からの入閣要請ですら断ること4度…“中日・立浪監督”を15年間待ち続けた男 落合英二コーチが通した『義』

2021年11月2日 10時24分

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落合英二新コーチ

落合英二新コーチ

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って 新生竜特別版(4)
 僕の記憶によれば、落合英二は4度、古巣からの入閣要請を断っている。今回が5度目。立浪が13年ぶりなら、落合は16年ぶりの中日復帰ということになる。
 何度も何度もチャンスがありながら、実現しなかったのは、同い年の立浪を支えると決めていたから。しかし、趣味も違えば性格も真逆。プライベートで行動をともにするところなど、ほとんど見たことがない。いわゆる「お友達」ではないのだ。だから一度だけ聞いてみた。「なんで立浪なの?」。落合はサラリと答えた。
 「僕が現役を辞める少し前に、こう言われたんです。『いつか監督をやる日が来たら、手伝って』と。それが最初だったからです」
 耳を疑った。だって立浪は「自分以外とはやるな」とは言ってないのだから。しかし、落合は最初に声を掛けてくれたという理由だけで、立浪監督誕生を15年間待ち続けた。損得でいえば、どう考えても損。しかし、義で動く人間が、実は一番手ごわい。利にさとい人間は、利をぶら下げれば簡単に動かせる。戦国時代、武力に秀で、調略にもたけていた武田信玄が、上杉謙信だけは打ち負かせなかったのは、謙信が義の人だったからだ。
 この15年間、落合は立浪にも告げずに、1つだけ自分にルールを課していた。それは「セ・リーグのオファーも受けない」こと。いくつもの球団が誘ってきたが、彼は丁重に断ってきた。愛するドラゴンズとは戦えない。これも彼なりの義だった。
 韓国・サムスンのコーチ、2軍監督として7年、ロッテで3年。大邱や千葉での単身生活で料理の腕はめきめきと上がり、韓国語も流ちょうに操れるようになった。もちろん投手コーチとしての手腕も磨いてきた。指導者経験が浅い立浪監督を、熟練の落合コーチが支える。15年前の何げない「約束」が、ようやく実現した。(敬称略)

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