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「オレは選手に嫌われてると思ってたけど、案外、愛されてたのかなあ」あの日、夜空に舞いながら、ノムさんが思ったこと【竹下陽二コラム】

2021年10月27日 11時10分

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ヤクルト時代の野村監督

ヤクルト時代の野村監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その18
 ヤクルトの高津監督が横浜スタジアムの夜空に舞った。現役時代の高津監督は入団間もなく、ノムさんに見いだされ、シンカーを武器に守護神として大成した、まぎれもない野村チルドレンの一人。天国のノムさんが知ったらきっと「ウヘー」とわざとらしく驚いた後「世も末じゃ」とお決まりの毒舌を吐くだろう。その後に、ノムさんにしか言えない言葉で祝福してくれるに違いない。
 さて、今回のテーマは、胴上げ。胴上げ回数と監督と選手の絆は、比例するように思う。高津監督は、宙に5度舞った。これは、多い方。少ない監督は3度で終わる。4回が平均的。ヤクルト監督時代、4度のリーグ優勝と3度の日本一に輝いたノムさんの胴上げ回数最多記録は、前年4位からリベンジVを果たした1995年のリーグ優勝時の8回。それは、永遠に続くかと思われた。誰も言わないし、今さら、調べる術もないのだが、胴上げ回数の世界記録ではないか。
 その胴上げの翌日、神宮クラブハウス前で報道陣に囲まれたノムさんは原田マネージャーに珍指令を出すのである。
 「原田! 選手にもっとパワーアップするように言っといてくれ。パワーのスタミナをつけるようにってな。日本シリーズもあるからな。ふふふ」。これはどういうことかと言うと、胴上げの回数が増すごとにノムさんの体が重すぎて、高度が少しずつ低くなっていったのが、気に食わなかったらしいのだ。
 でも、それは、照れ隠しであった。ノムさんは、空中遊泳しながら、泣いていたという。
 「なんか、選手の思いが伝わってくるようでな、胸が熱くなって、泣けてきたんや。てっきり、選手に嫌われていると思ってたけど、そうでもないのかなあ、案外、愛されてたのかなあ、と思ったりしてなあ」
 ノムさんは、池山キャプテン(現2軍監督)から手渡されたという優勝ボールを握り締めながら、うれしそうにつぶやいた。
 ノムさんと言えば、毒舌。思ったことは、歯に衣(きぬ)着せず、ズバッという。コーチや選手にだけにとどめておけばいいのに、私たち報道陣にもベラベラ言ってしまう。時には、報道陣を前にぼやくことによって、ストレス発散しているようにも見えた。私らは、悲しいかな、商売柄、それをおもしろおかしく書く。ありがたかったが、それを、読んだ選手は面白く思わないのでないか。いつも、気になりながら、書いた。記事を見たノムさんは「また、余計なこと書きおって! 」と怒ったフリをするのだが、さして、気にもかけない様子だった。
 マスコミを通じた選手操縦法などともっともらしく解説する記者もいたが、私はそうは思わなかった。話題作りの側面はあったが、それにしても、あけっぴろげであった。あるいは、性分として、話さずにいられず、監督室に戻って一人になったとき「また、余計なこと言っちゃったなあ」と自己嫌悪に陥る日々だったのではないか。しかし、これだけは確かだった。ノムさんのボヤキ節は、選手が憎くて言ってるわけじゃなかった。思ったことは黙っておれないバカ正直さ、嘘偽りない、野球愛…。選手たちも憎たらしいオッサンと時に思いつつ、最後は愛してしまったのだろう。
 あの伝説的な胴上げを目撃したこと、その翌日のキュートなつぶやきを聞けたこと。それらは、私にとって、ささやかな宝物の一つなのである。
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