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江戸末期棟札 大火の焦げ跡 高岡・射水神社

2021年10月27日 05時00分 (10月27日 10時47分更新)
諏訪社で発見された焼け焦げた棟札=射水神社で

諏訪社で発見された焼け焦げた棟札=射水神社で

文字残る状態で発見「奇跡的」

 射水神社(高岡市古城)は二十六日、同神社の摂末社(せつまっしゃ)「諏訪社」(同市二上)の社殿から、嘉永三年(一八五〇年)の年号が記された江戸時代の焼け焦げた棟札(むなふだ)が見つかったと発表した。同神社は、一九三二(昭和七)年の大火で社殿が焼失した際、当時の人が火中からご神体と一緒に持ち出し、社殿で保管していたとみている。同神社が所管する本社、摂末社で確認されている棟札の最古のもので、貴重な資料としている。(武田寛史)
 棟札は、建物を新築や修理した際に施主や年号などを書いた板。社殿の屋根が今年一月の大雪で破損し、修繕のためにご神体を射水神社に仮遷座して瓦の葺(ふ)き替えをする際、壁に立て掛けてあったのが見つかった。長さ約五十センチ、幅約十センチ、厚さ約一センチ。上部の三分の一が焼け焦げている。
 表側には、「嘉永三」と「皇宝祚(すめらぎのほうそ)延長 天下泰平 五穀成就 三国太守(さんこくたいしゅ)御武運長久 御息災延命 諸人快楽(しょにんけらく)」という願文が残っている。「嘉永三」とあり、これまで諏訪社の造営年が不祥だったが、同神社では嘉永三年に造営されたらしい。加賀藩を示す「三国太守」の記述もあり、射水神社、諏訪社と加賀藩の密接な関わりが分かる資料という。
 田中天美権禰宜(たかみつごんねぎ)は「焦げ跡から、神座(しんざ)まで火が迫る中、当時の人が決死の覚悟で飛び込んだと想像できる。文字が判別できるのは奇跡的」と話している。
 仮遷座しているご神体は二十七日、諏訪社で正殿遷座祭を斎行し、社殿に移される。

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