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平和町住宅

2021年10月18日 05時00分 (11月1日 09時50分更新)
【写真番号2021101801】アパートが林立する平和町住宅。中央左上は陸上自衛隊金沢駐屯地=1962年3月、本社ヘリ「まなづる」から

【写真番号2021101801】アパートが林立する平和町住宅。中央左上は陸上自衛隊金沢駐屯地=1962年3月、本社ヘリ「まなづる」から

戦後の誕生、人情厚く

 野田山に続く台地にアパートが立ち並ぶ。金沢有数の住宅団地として知られる平和町は戦後の生まれ。旧陸軍の施設に戦争被災者が移り住み、一九四六(昭和二十一)年に野田平和町が誕生、六二年に平和町と改名された。
 「平和町開町40周年記念誌」によると、五〇年代から鉄筋の集合住宅が建ち始め、公務員官舎も増加した。開町四十周年の八六年には県営と市営を合わせてアパートは五十棟以上、約二千二百世帯の近代的な町に成長した。
 開町当時から暮らす新矢政紀さん(80)は、旧満州(中国東北部)から一家で引き揚げてきたとき、荒れ地にヘルメットや刀のさやなどが捨てられているのを見た。その凸凹を自分たちで整地して運動場を造ったのが子どものころの一番の思い出と語る。
 写真の当時は国鉄に勤務。細長い木造平屋の共同住宅に住んでいた。隣家とはベニヤ板で隔てただけで、端のトイレまでは四十メートルほど。冬は寒くて用を足しに行くのがつらかった。それでも「そういう町だからこそ『ちょっとみそ貸して』とか言い合えた」。人情と団結力。それが町の推進力だった。(鈴木弘)
  • 空から-あの頃ふるさとは

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