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コロナ禍で起きた、好意が好意を生んだ2つの愛犬疾走救出劇…小さなことが大切なんだ【竹下陽二コラム】

2021年10月17日 11時14分

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救出された愛犬

救出された愛犬

 ピンポーン。朝8時、玄関チャイムが鳴った。私は、愛犬マルヒアの散歩を終え、居間のソファにだらしなく寝転がんで、スマホをいじっていた。まだ、肌寒い春先の頃。
 誰だ?朝っぱらから。応答すると「隣の東山です。ちょっと、マルちゃんが」と隣人の90超えお婆ちゃんの声が心なしか震えていた。アクシデント発生かと思い、扉を開けると、目が点、頭の中で「?」の嵐が吹き荒れた。お婆ちゃんの隣で優しげな見知らぬオバサンに抱かれたマルヒアが、澄まし顔でこちらを見ているではないか。
 事の次第はこうだ。散歩後、ゴミ捨てのため玄関を開けたすきに、私の足下にいたマルヒアは人知れず、そのまま、一人旅に出た。それを知らずに、私はソファでぶったるんでスマホをいじっていた。開放感に浸ったマルヒアは表通りに出て、電信柱にオシッコ。その場面を防犯カメラで目撃した隣人お婆ちゃんは「マルちゃん、一人でどうしたのかしら?」と思ったそう。マルヒアはそのまま坂道をトコトコ下りていき、行こか戻ろか、迷っているところで、命の恩人オバサンに、エアおやつでおびき寄せられて捕獲。途方に暮れている様子を確認した隣人お婆ちゃんが表に出て「それ、マルちゃん。その奥の竹下さんちの」と教えて、2人しての身柄引き渡し訪問劇となった。
 命の恩人オバサンは、同じ東京都内とはいえ、1時間かけて、高齢の母親の介護に通う途中。もし、このオバサンに拾われなければ、どんな事件事故に巻き込まれていたかもしれない。思うだに、ゾッとした。私は、何度も頭を下げた。
 それから、数カ月後の8月のある日の朝。私は、マルヒアを連れて、とある公園を散歩していた。朝9時とは言え、容赦ない太陽の日差しが照り付けていた。すると、リードのついたトイプーが、向こうからハアハア言いながら、歩いてきた。顔は知っている。いつも、腰の曲がったお婆ちゃんに連れられた犬。私は葛藤した。ここで、リードを取れば、私が飼い主に届けるまで責任を負う。しかし見捨てれば、あるいは、この犬に悲惨な最後が待っているかもしれない。春先のマルヒア救出劇を思い起こした。私は覚悟を決めてリードを取った。
 通りすがりの柴犬オバサンに「この犬の飼い主知ってます?」と問い掛けると「さあ」とつれなく行ってしまった。30分間が過ぎた。8月の太陽は容赦なく降り注いだ。我が犬も迷子の犬もハアハアと熱射病の危機も迫っていた。昼からアポも入っていた。うちに連れて帰るわけにはいかない。警察に預けるか。そう思っていると、さっきのつれなく見えた柴犬オバサンに「こっちっこっち」と必死に促された、迷子犬の飼い主が、ハアハア言いながら、もつれる足で向かってきた。腰の曲がったお婆ちゃんは、汗だくだった。涙目で私を神様のように頭を何度も下げ、愛犬を抱き締めた。「このまま、いなくなったら、お爺ちゃんに説明つかないところだった」と涙声で言いながら、いつもより長い散歩を終え帰っていた。
 コロナ禍で荒涼とした世の中になっている。マスク、ワクチンを巡って人々の心は分断されている。東日本大震災で「絆」と叫んだ人たちは、どこへ行ったのか。一方、これは、好意が好意を生んだ2つの愛犬救出劇。たかが犬の救出劇ぐらいできれい事を言うなという人もいるかもしれないが、小さなことが大切なんだ、とボクは思う。この世の中、まだまだ、捨てたもんじゃない。
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