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【宝生流シテ方・佐野玄宜の能楽談儀】 能「井筒」 後見 装束替えもサポート

2021年10月16日 05時00分 (10月16日 11時31分更新)
業平の装束を身につけ、井筒に袖をかける紀有常の娘の亡霊=2012年12月、石川県立能楽堂で

業平の装束を身につけ、井筒に袖をかける紀有常の娘の亡霊=2012年12月、石川県立能楽堂で

 能では、「後見」と呼ばれる役が必ず舞台に出ます。その言葉の通り、舞台後方、松が描かれた鏡板の前に座っています。作り物と呼ばれる舞台セットの出し入れをしたり、持ち物を交換したり、舞台が円滑に進むようサポートする役割です。演目によっては何も仕事がなく座っているだけなので、何のために座っているのか疑問に思う方もいるようです。
 楽な役に見えますが、「後見人」という言葉もあるように、責任ある役でもあります。演者が言葉を忘れてしまったらさっと教えないといけませんし、演能中に倒れてしまった場合には代わって演じなければいけません。なるべく目立たず、いいタイミングで動くためには、曲の流れや演者の動きを理解している必要があります。歌舞伎にも「黒衣(くろご)」と呼ばれる役が出ますが少し立場が違いますね。
 後見の仕事の中でも大変なのが「物着(ものぎ)」。舞台上で装束を替えることを言うのですが、お客さまから見えるところで行いますし、もたつくと間があいてしまいますので、なるべく手際よくやらなければいけません。
 「井筒」という『伊勢物語』を元にした曲があります。幼なじみだった在原業平(ありわらのなりひら)と紀有常(きのありつね)の娘は、井筒(井戸)で互いの背丈を比べ、この井筒より背が高くなったら夫婦になろうと約束していました。やがて年頃になると恥ずかしがって疎遠になりますが、業平が「あなたと会わない間に私の背もあの井筒より高くなったことでしょう」と和歌を贈ると、女も「この肩より長くなった髪を、あなた以外、誰のために結い上げて成人しましょうか」と歌を返して、二人はめでたく夫婦となったのでした。
 能では、旅の僧が、かつて在原業平が夫婦で住んでいた場所とされる在原寺を訪れると、紀有常の娘の亡霊が現れ、業平との物語を語り、業平の装束を身につけて懐旧の舞を舞うというストーリーになっています。
 通常、仮の姿で現れた紀有常の娘の亡霊は、一度幕に入り、姿を改めて登場しますが、今回は「物着」という小書(こがき)(特殊演出)。舞台上で業平の装束を身にまとい、舞も変わります。
 後半、業平の装束を身につけ、興奮が高まった紀有常の娘の亡霊が、ススキをかき分けて井筒を覗(のぞ)き込むところがこの曲のハイライト。そこに映るのは懐かしい業平の姿。男女の恋を描いた世阿弥の秋の名作です。(さの・げんき)
◇金沢能楽会十一月定例能(11月7日午後1時から石川県立能楽堂)
 ▽能「松尾」(シテ高橋憲正) ▽仕舞「班女」(渡辺荀之助) ▽狂言「長光」(すっぱ清水宗治) ▽能「井筒 物着」(シテ佐野由於)
 ▽入場料=前売り一般2500円(当日3000円)、若者割(30歳未満、当日のみ)1000円、中学生以下無料(問)金沢能楽会=電076(255)0075
※タイトルは、世阿弥の話を聞き書きした「申楽(さるがく)談儀」になぞらえて。毎月第3土曜日に掲載。

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