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<核溶融の残像 福島原発事故10年> (4)トモダチよりも米国益のため

2021年10月15日 05時00分 (10月15日 05時01分更新)
米空母を訪問し、救援活動についての説明を受ける当時の北沢俊美防衛相(右から3人目)とルース駐日米大使(同2人目)ら=2011年4月4日、三陸沖で

米空母を訪問し、救援活動についての説明を受ける当時の北沢俊美防衛相(右から3人目)とルース駐日米大使(同2人目)ら=2011年4月4日、三陸沖で

  • 米空母を訪問し、救援活動についての説明を受ける当時の北沢俊美防衛相(右から3人目)とルース駐日米大使(同2人目)ら=2011年4月4日、三陸沖で
  • 被災した自動車販売店でボランティアと共に作業をするルース駐日米大使=2011年6月28日、岩手県大船渡市で
  • 広中雅之元統合幕僚監部運用部長
  • 2011年4月、米軍横須賀基地に帰港する原子力空母ジョージ・ワシントン
 大津波で東北沿岸部が壊滅的被害を受け、東京電力福島第一原発が制御不能に陥った戦後最大の国難。いち早く救難に駆け付けたのは米軍だった。当時、防衛省統合幕僚監部運用部長だった広中雅之さん(66)は、米国はあくまで国益第一で動いていたと証言する。...

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