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中日藤井 最後の打席ホームラン打つつもりが見逃し三振「後輩から『最後まで笑わせてくれますね』と言われちゃった」

2021年10月14日 06時00分

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1回裏、堂上(左)から花束を受け取る藤井

1回裏、堂上(左)から花束を受け取る藤井

◇13日 中日1―3ヤクルト(バンテリンドームナゴヤ)
 スタンドを「オッ」と驚かせてきた藤井が「ワオ」と叫んだ。「1番・右翼」で1打席限定の先発出場。ファウル、ファウルからの3球目だった。ヤクルト先発右腕・サイスニードの外角低め149キロ速球を見送った。球審の右手が上がって見逃し三振。ビックリした表情を浮かべた。
【写真】山井大介、藤井淳志がしたためた色紙
 ベンチで掛けられた言葉が背番号4を物語る。「後輩から『最後まで笑わせてくれますね』と言われちゃった。『こっちはマジだわ』と返したけれど…。ホームラン打つつもりで打席に行った。打てないこともあるし、空振り三振もある。ただ、見逃しで終わる想定はしてなかった(笑)」。感情のやり場が見つからず、試合後はスコアラー室へ直行。動画を確認したという。
 「デッドボールで始まって、見逃し三振で終わりました。中身は濃かったような気がします」。セレモニーではこう語った。
 記憶に残っているのはプロ初打席。2006年3月31日・広島戦(ナゴヤドーム)。相手先発・黒田からデッドボール。そして通算2682打席目は見逃し三振だった。
 立った打席は、キャラクターではなく努力が表れる。「両打ちは器用だと言われるけど、そうじゃない」。右打者だった筑波大3年秋、右投手相手に結果が出ず、「このままじゃ野球が終わる」と感じた。スイッチ挑戦は苦肉の策だったのだ。NTT西日本をへて、06年に大学・社会人ドラフト3巡目で入団した。
 プロ初ヒットも、14年に地元・豊橋市民球場での広島戦で自身初のサヨナラ弾を放ったのも、15年に再び同球場で逆転3ランのアーチを描いたのも、努力を重ねてものにした左打席。最終打席も左打席だった。
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