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北区・白昭の歴史を絵本に 「語る会」が地名の由来など紹介

2021年10月14日 05時00分 (10月14日 09時54分更新)
完成した「都田白昭満州開拓村物語」を読む武井俊夫会長(左)と山下幹夫校長=浜松市北区の都田南小で

完成した「都田白昭満州開拓村物語」を読む武井俊夫会長(左)と山下幹夫校長=浜松市北区の都田南小で

  • 完成した「都田白昭満州開拓村物語」を読む武井俊夫会長(左)と山下幹夫校長=浜松市北区の都田南小で
 旧満州(中国東北部)からの引き揚げ者が開拓した浜松市北区都田白昭(はくしょう)の歴史を伝える「白昭の歴史を語る会」は、現在の白昭を築き上げるまでの先人の歩みをつづった絵本「都田白昭満州開拓村物語」を刊行した。会員は、一致団結して物事を成し遂げる「開拓者魂」が、地元の子どもたちに受け継がれていくことを願っている。 (小佐野慧太)
 絵本は開拓に関わった八十〜九十代の住民たちの証言を基に、元市文化財保護審議会委員の柴田宏祐さん(80)が文章を書いた。
 冒頭では、白昭という名前が旧満州の地名「白坦昭(ぱいたんしょう)」に由来することや、一本の道路沿いに家が密集した街のつくりが旧満州の開拓地の集落に似ていることを説明。旧満州への入植の経緯やソ連の侵攻からの逃避行、帰国後の白昭の開拓、地域の発展といった激動の歩みを紹介した。
 語る会の武井俊夫会長(86)も、七歳の頃に家族九人で旧満州に渡り、「浜松村」と呼ばれる開拓地で暮らした。終戦直前にソ連軍が満州に侵攻したという知らせを受け、約五百人の村人とともに逃避行した記憶が鮮明に残っている。「ようやく落ち着ける(旧満州の首都)新京に着いたと思ったら、発疹チフスがまん延して百人もの仲間が亡くなった」。こうした証言も絵本には反映されている。
 武井さんは「帰国後の白昭の開拓も、土が農業に適していなくて大変だった。それでも夢を持って暮らし続けてきたことを子どもたちに知ってほしい」と話した。
 絵本は千八百部を印刷。都田南小学校の全校児童に配ったほか、浜松市内の図書館などに寄贈する。
 同小の山下幹夫校長は「子どもたちが『アフターコロナ』の時代を生き抜いていくために、先人たちの開拓者魂から学ぶことは大きいはず」と話していた。
 A4判、八十四ページ。谷島屋書店三方原店、菓子司 百里堂(ともに北区三方原町)、安間書店(北区引佐町)で購入できる。税込み千円。(問)白昭の歴史を語る会=053(428)4408

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