【雨乃日珈琲店だより ソウル・弘大の街角から】(21)骨董屋のおじいちゃん

2019年9月28日 02時00分 (5月27日 05時07分更新)

十年来 心の拠り所

文・清水 博之 書・池多亜沙子

 今回は池多亜沙子の語りです。
     ◇
 私が骨董(こっとう)屋のおじいちゃんと最初に出会ったのは、もう十年以上も前のこと。韓国で喫茶店を始める前、まだ旅行者だった頃です。

(上)青銅の「喜」。もともと李さんの私物だったが、「あなたのお店の商売繁盛に」と譲り受け、大切に飾ってある(下)「李朝白磁壺風福印」(2012年)。移住後、魅了された韓国の物をモチーフとした篆刻(てんこく)作品も制作している

 踏十里(タプシムニ)駅周辺に広がる骨董街の一角に、その小さなお店はありました。所狭しと並ぶ陶磁器の美しさにまず惹(ひ)かれたのですが、その魅力は、好きな物しか扱わないという店主の一貫した美意識から来るようでした。
 当時、既に八十歳を超えていた李(イ)さんは、サファリ帽にジーンズ、ナイキのスニーカーというお洒落(しゃれ)な服装でちょこんと座り、日本語で声をかけてくれました。棚の奥に使い込まれた白磁の茶碗(ちゃわん)があったので聞くと、「これは売れません」と申し訳なさそうに言います。なんでも李さんは茶人であり、若い頃この茶碗を持って欧州を旅しては、気に入った場所でお茶を立てたそう。そんな粋なお話に思わず引き込まれました。
 骨董について詳しいばかりでなく、私と同じく書家でもある李さんの話はとても刺激的で、それから頻繁に足を運ぶように。今思えば李さんは、初めてできた現地の友達であり、韓国についてもっと知りたいと思ったきっかけでもありました。
 韓国に移住して迎えた最初の新年に、李さんと書き初めをしたのは良い思い出です。売り物をどかして場所をつくり、店の筆を借りて、わいわいと書きあいました。師匠に教わるというより友達のような感覚で。
 李さんに出会ったばかりの頃、傍らにはいつも奥さまが座っていました。ふたりが寄り添って過ごす姿も素敵(すてき)で、私が昼すぎに訪れると、「食後の運動」と言ってふたりで社交ダンスを踊っていたものです。その様子を眺めるのが私はとても好きでした。
 奥さまの体調の都合もあって、ここ数年はひとりでのんびりお店の営業を続けている李さん。扉が閉まっていても電話をかければ、「運動していました」と言いながら、九十代のおじいちゃんはすたすたと戻って来てくれます。ご健康を願うとともに、骨董の魅力を教えてくれた、私の拠(よ)り所(どころ)でもある小さな骨董屋に、心は今日も向かいます。(しみず・ひろゆき=ライター、いけだ・あさこ=書家、金沢市出身)

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