【雨乃日珈琲店だより ソウル・弘大の街角から】(25) 街のアーティスト

2020年1月25日 02時00分 (5月27日 05時07分更新)

文・清水 博之 書・池多亜沙子

「無二」(2015年)。ふたつとない。

 お正月、ハンバッさんに会った。近所の線路跡地で行われた、彼のゲリラライブに遭遇して以来だから数年ぶりだ。それまでは、当店の前にあったライブハウスを飛び出しては車道で踊ったり、町中でスピーカー搭載のリヤカーを引いてはCDを売ったり歌ったりする彼の姿を頻繁に見かけたものだが、気がつけば間が空いてしまった(当店で演奏してもらったのも八年前のことだ)。話を聞くとやはり、地価上昇で小さなライブハウスが消えつつある弘大を訪れる機会は、以前より減っているという。

ぶれずに音楽届ける

 ハンバッさんは、ミュージシャンとだけでは説明できない唯一無二のアーティストだ。「ヤマガタトゥイークスター」の名でキレのあるダンスを踊りながら、ユーモアと社会風刺あふれるメッセージソングを歌う。メジャーでもインディーでもない「自立音楽」を提唱し、資本の力に頼らないDIYな音楽シーンを模索する。路上やデモ現場でもライブを行い、さまざまな世代に歌を届ける姿はまさに民衆のエンターテイナーだ。近年は、ソウルの下町で書店兼コミュニティースペース「万有引力」を運営し、また開発の危機が迫る、市民のための空間「京義線共有地」での活動に力を入れている。

「グルーブ・クルマ」という名のリアカーを引きながらライブをするヤマガタトゥイークスター=2013年、ソウル・弘大で

 今回は、二年前にヤマガタトゥイークスターの大阪ライブを企画した岩橋さんの計らいで、ハンバッさんを囲んで一緒にヤンコチ(羊肉の串焼き)を食べた。ハンバッさんは、ライブの時とは異なる穏やかな眼差(まなざ)しで、私たち日本人のつたない韓国語にじっくり耳を傾け、自身の活動を静かに熱く語ってくれた。その姿はほれぼれするほどかっこよかった。
 いただいた彼の自著『東アジア自立音楽研究』を開くと、丁寧にもメッセージが添えてあった。「清水様、亜沙子様。雨乃日と共にずっといてくれて、ありがとうございます」。資本の力により変わりゆくソウルの街に立ち、人々と繋がりながら二十年近く芯のある活動を続ける表現者にうれしい言葉をもらい、新年から背筋の伸びる思いをした。 (しみず・ひろゆき=ライター、いけだ・あさこ=書家、金沢市出身)

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