【岩津航の南フランス日記】(9) モワサックの回廊

2020年1月18日 02時00分 (5月27日 05時07分更新)

破壊まぬがれた傑作

世界遺産にもなっているサン・ピエール修道院のロマネスク様式の回廊=フランス・モワサックで

 二〇二〇年の初詣がわりに、モワサックのサン・ピエール修道院を訪ねた。国鉄が年金法改正に反対して長期ストライキ中のため、初めて車を借りて旅をした。
 モワサックはトゥールーズとボルドーの間にある小さな町だが、ロマネスク美術の最高傑作の一つと謳(うた)われる回廊があることで知られている。この修道院は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の要所であり、世界遺産に登録されている。巡礼が盛んになった十二世紀に流行していたのが、半円アーチが特徴のロマネスク様式である。
 回廊にある七十六個の柱頭彫刻は、聖人のエピソードとシンボルをある程度知っていれば、どの場面か見当がつきやすい。天使が牢獄(ろうごく)から誰かを連れ出していれば、それはペテロだろうし、馬上で布を剣で切り取っているのは、貧しい人に毛布を半分譲ったマルタンだろう。小さなスペースに物語を彫り込む際の工夫が面白い。
 じつは、この回廊は十九世紀に鉄道建設のために取り壊されそうになったことがある。その危機を救ったのは、『カルメン』の作者として有名なプロスペール・メリメだった。彼は当時、政府から任命された史蹟(しせき)調査官として、フランス中の重要な歴史的建造物を数年がかりで見て回っていた。メリメの介入のおかげで、回廊は破壊をまぬがれた。線路は今でも回廊の真裏を迂回(うかい)するように通っており、修道院の一部は犠牲になったのだから、この表現は大げさではないだろう。
 教会前の道を突き当たると、モワサックで一番大きなレコレ広場に出る。ここにもかつて修道院があったが、フランス革命後に撤去され、公設市場が造られた。現在は駐車場となっており、週末だけ市が立つ。観光客がこれを殺風景だと批判するのは簡単だが、市民にとっては便利だろうし、地下駐車場を建設して広場を整備するだけの予算はないのかもしれない。いずれにせよ、歴史的建造物の保存と生活の利便性を両立できるかどうかは、世界共通の問題である。
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 岩津航(いわつこう)・金沢大教授(仏文学、比較文学)の南仏トゥールーズ滞在記。

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