本文へ移動

冷酷かつ非情でも苦しさ誰よりも知る…“戦力外通告”3度受けた中日・与田監督 情熱がつないだ選手としての時間

2021年10月8日 10時31分

このエントリーをはてなブックマークに追加
戦力外通告を受けた武田

戦力外通告を受けた武田

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って ◇7日 中日2―5広島(バンテリンドームナゴヤ)
 中日の戦力外通告がスタートした。開幕からフルに1軍にいた武田に、井領、三ツ間…。彼らの頭の中に交錯する「まさか」と「ついに」。仕事を奪うのだから、通告する側の責任は重大だ。
 「これは(監督として)3回目になるし、毎年苦しい思いをする。それも仕方ないし」
 人選に関わった与田監督は、こう言った。冷酷であり非情。ただ、通告される側の苦しさを、誰よりも知っている人間だということは伝えておきたい。
 中日からトレードで移籍したロッテで、1997年10月5日に受けたのが初めての戦力外通告。入団テストを受け、日本ハムでつながった野球人生だが、99年10月9日に2度目の通告を受ける。それでも諦めなかった与田は、自ら他球団に電話をかけまくった。入団テストに間に合ったのが阪神だった。
 テストは3日間。最終日のシート打撃で与田は打たれた。しかし合格。正直、投げている球は厳しいと思った。なぜ採用したのか。後日、野村監督に聞いたのを覚えている。
 「確かに昔のスピードはないが、野球をやりたい。そんな気持ちがヒシヒシと伝わってきただろう?」。再生工場長の判断基準は、情熱の残り火にあった。
 しかし、再生はかなわず。2000年9月23日に3度目の戦力外通告を受け、ついに引退を決意した。ロッテ(96年途中から)、日本ハム、阪神で1軍登板はわずか1試合だった。
 引退後に著した『消えた剛速球』に、野村監督から教わった言葉を紹介している。『人間は生まれもって不公平、不自由である』。最近でいえば「親ガチャ」か。経済格差や貧困は現実にある。環境は不公平だが、全ての人に公平なのが時間だ。1分は同じ。早めることも止めることもできない。違うのは無駄にせず、使いきれるかどうかだと知った。
 6人には不満や怒りもあるだろう。しかし、野球への情熱があるのなら諦めず、すぐに動きだせ。時間は止まってくれないのだから。

関連キーワード

おすすめ情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ