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<五郎丸歩の願い スタジアムの外から> (3)日本の勇姿、釜石が一つに

2019年8月6日 02時00分

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ヤマハ発動機のゲーム主将として釜石SWとの一戦に臨んだ五郎丸(右)=2011年6月5日、岩手県釜石市で(ヤマハ発動機提供)

ヤマハ発動機のゲーム主将として釜石SWとの一戦に臨んだ五郎丸(右)=2011年6月5日、岩手県釜石市で(ヤマハ発動機提供)

  • ヤマハ発動機のゲーム主将として釜石SWとの一戦に臨んだ五郎丸(右)=2011年6月5日、岩手県釜石市で(ヤマハ発動機提供)
  • 日本フィフティーンに声援を送る観客(岩本旭人撮影)7月27日、岩手県釜石市で
  • 釜石鵜住居復興スタジアムで行われる初のテストマッチとなった日本-フィジー戦を観戦する大勢の観客(小嶋明彦撮影)
 9月20日に開幕するラグビーW杯日本大会の前哨戦、パシフィック・ネーションズ・カップ(PNC)開幕戦は7月27日、W杯のために国内で唯一新設された岩手・釜石鵜住居復興スタジアムであった。テレビ解説者として現地を訪れた元日本代表の五郎丸歩(33)=ヤマハ発動機=は、東日本大震災で甚大な被害を受けた地で日本戦が行われた意義をかみしめ、難敵フィジーに34-21で快勝した桜の戦士の成長に目を細めた。 (取材・構成=末松茂永)
 2011年6月5日。東日本大震災発生から3カ月もたたない状況で、ヤマハ発動機は「鉄と魚とラグビーの街」岩手県釜石市を訪れ、五郎丸をゲーム主将に地元の釜石シーウェイブスとの一戦に臨んだ。
 五郎丸「新花巻駅からバスで釜石へ向かった。内陸側で自衛隊の人たちを見たけれど、津波の被害は分からなかった。それが海岸線へ出ると、景色が一変した。本当にここが日本かというぐらいの光景が広がっていて、いろいろと考えさせられた」
 そのころのヤマハ発は、リーマン・ショックの影響でプロ契約廃止など強化縮小が進められていた。
 「当時はしんどい思いを抱いていたが、あの光景を見てからは、ラグビーをできること自体がありがたいと感じている」
 目に焼き付いた光景。震災直後から見てきた復興への道のり。だからいっそう、釜石での日本戦は胸に込み上げてくるものがあった。
 「道半ばとは思うが、がれきに埋もれていたあの街に一つの形ができた。W杯の日本戦は釜石でないので、日本の選手が勇敢に戦っている姿を見せられた試合は素晴らしい時間となった。数値化できないものがスポーツにはあるが、1万3000人余りのお客さんが来た盛り上がりや感動、街が一つになるといったものがあの試合にはあった」
 試合の相手は、それまでの対戦成績が3勝14敗と苦手なフィジー。日本は今年初のテストマッチで、34-21と快勝した。
 「宮崎合宿は対外試合のない1カ月を過ごすので、本当に力が付いているのか不安になる。梅雨の時期なので、きつい練習はさらにこたえる。そんな中で、マオリ・オールブラックスを破って来日したフィジーを倒したことは、大きな自信になったと思う」
 4年前のPNCは1勝3敗の4位に終わった日本。今年はフィジー、トンガに連勝している。
 「PNCは、W杯に向けて準備してきたことを試す場でもある。優勝に意味はない。本番でこけたら全部チャラになる。ファンは勝ってほしいかもしれないが、今は完成度を求めずに、思いっきりチャンレジした方がいい。フィジー戦は、これまでの戦い方とは違った。キックを使わず、ボールをキープした。戦術を変えてもあれだけの試合ができたのは、地力がついた証拠でしょう」

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