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「やっぱり最初は森調教師だな」フルフラットの快挙 深夜に見ながらつぶやいた[本城雅人コラム]

2020年3月2日 13時48分

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フルフラットでサンバサウジダービーCを制した武豊(Jockey Club of Saudi Arabia/Doug DeFelice提供)

フルフラットでサンバサウジダービーCを制した武豊(Jockey Club of Saudi Arabia/Doug DeFelice提供)

◇本城雅人ぱかぱか日和

 深夜にグリーンチャンネルを見ながら「やっぱり最初は森調教師だな」とつぶやいた。1勝馬クラスのフルフラットで賞金48万ドルのサンバサウジダービーCを勝利、サウジアラビアでの日本馬初制覇を遂げたのだ。競馬はやってみなくては分からないと、どんな国でも行くという森調教師らしいスピリットの結果だ。今回はサウジアカップにマテラスカイも出走させ2着。そのマテラスカイが去年、ブリーダーズCスプリントに出走した際、同行させたのがフルフラットで、マテラスカイの米国遠征を進言したのが武豊騎手である。そういえばフランスに出走するのにイギリス・ニューマーケットの坂路を使い始めたのはシーキングザパールでのこのコンビだった。森―武豊の2人が日本競馬の未来を切り開いているのだ。
 一方で、もう一人の日本競馬のパイオニアが引退した。それがピンクのメンコで知られる山内調教師だ。良血馬は秋デビューが、当たり前だった頃から、夏場からどんどん使った。そのローテーションは邪道扱いされたが、桜花賞2回、皐月賞1回、オークス1回と春のクラシックを4回も勝った。しかもイシノサンデーは皐月賞まで7戦、チアズグレイスは桜花賞まで8戦、地方馬のアローキャリーは転厩まで7戦していたが、山内師は2歳12月から4月の桜花賞まで5戦…。レースを使って勝たせるのだから馬主思い、そして大牧場に立ち向かう強い精神の調教師だった。
 騎手も気概のある藤田伸二、四位洋文騎手を起用した。そんな山内師が武豊騎手に頼もうとしたことがある。2001年の日本ダービー2着のダンツフレームで、武豊騎手も依頼に心が揺れたが、同時にクロフネからNHKマイルC、ダービーの2戦のオファーがあったため、コンビ結成はならなかった。ダンツフレームには河内騎手が乗ったのだが、大一番で山内―武豊が、どんな勝負強さを見せたのか、想像するのもまた楽しい。(作家)
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