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記録の山脈、打ち立てた白鵬 年86勝、63連勝…綱の品格批判も

2021年9月27日 16時00分 (9月27日 16時00分更新)
名古屋場所で45度目の優勝を決め、雄たけびを上げる白鵬=7月18日

名古屋場所で45度目の優勝を決め、雄たけびを上げる白鵬=7月18日

  • 名古屋場所で45度目の優勝を決め、雄たけびを上げる白鵬=7月18日
  • 2004年4月、新入幕を果たした白鵬
  • 2006年5月、初優勝を飾り、支度部屋で父のジジド・ムンフバトさん(手前右)らと喜ぶ大関白鵬  
  • 今年の名古屋場所で全勝優勝を果たし、賜杯を手にする白鵬
 大相撲の横綱白鵬が引退の意向であることが二十七日に分かった。その強さは誰もが認めるところ。二度と破られないであろう記録をいくつも打ち立てた。 (平松功嗣)
 自らもよく「もやしだった」と口にするが、十五歳で来日した当初の体重は六〇キロほど。番付に名前が載って初めて取った相撲は黒星で、その場所も3勝4敗で負け越した。
 持ち前の柔らかい体、「突っ張っても吸い込まれるよう」と相手に言わしめるほど弾力がありながら、力強い筋肉。他のスポーツをやっても一流になったであろう運動神経や反射神経。それらを武器に、相撲を学び、その動きを吸収し、二十二歳で一気に横綱まで上り詰めた。昇進してからは八年以上、一度も本場所を休まず、巡業も出続けた。レスリングで五輪メダリストの父から受け継いだ丈夫な体も、強さの源だった。
 角界を一人で背負った時期の功績も大きい。二〇一〇年春場所から一人横綱に。その年に大相撲では野球賭博問題があり、翌年は八百長問題で大揺れに揺れた。世間の冷たい視線が力士に注がれた時期は、白鵬の全盛期と重なる。
 信頼回復のために、いい相撲で勝ち続けるという横綱としての務めを真摯(しんし)に果たした。年...

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