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「どつき合い」制した早川教文、TKOで対抗戦突破 父は元中日コーチ早川和夫さん【ボクシング】

2021年9月19日 19時22分

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宮本時代(左)にTKO勝ちした早川教文

宮本時代(左)にTKO勝ちした早川教文

 ボクシングの中日本・西部日本新人王対抗戦・各階級8試合が19日、愛知県の刈谷市あいおいホールで行われ、ミドル級では元プロ野球選手で中日でコーチも務めた早川和夫さん(61)を父に持つ早川教文(27)=中日=が宮本時代(23)=本田フィットネス=に2ラウンドTKO勝ちした。不戦勝で試合のなかった4階級も含め、12人が11月14日に行われる西日本新人王との西軍代表決定戦(大阪)進出を決めた。
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 最後は殴り合いに近かった。両者が両腕をぶん回す中、早川が右フックをぶち込んだ。膝を落とし、マットに手をつく宮本。何とか立ち上がったが、セコンドからタオルが投げ込まれた。
 2ラウンド1分48秒、TKO勝ち。ただ、早川は「ボクシングというより、どつき合いになってしまった」と顔をしかめた。観客は大興奮だったが、本来なら距離を取って、足をもっと使いたかった。打ち合うから危ないシーンもあった。
 1ラウンドにダウンを奪ったが、相手のまるで玉砕覚悟のパンチを受けもした。ダメージが足に来たが「気合でした」とこらえた。頭に浮かんだのは母親・みどりさんの顔。プロ4戦目にして、初めて会場に足を運んでいた。息子の倒されるシーンなど絶対見たくないはず。マットにはうわけにはいかなかった。
 前回の反省も生かした。プロ初敗北となった昨年12月の西軍代表決定戦ではまだ余力があったが、レフェリーに試合を止められた。4回戦では少し打たれるとストップがかかると分かり、苦しくても手は出し続けた。
 もともと年齢を考え、1回でも負けたら引退と考えていた。ただ、前回敗戦後はまだ不完全燃焼で「この1敗は自分のための経験にする」と再びリングに上がった。だから気持ちは常に背水だ。次は昨年苦杯をなめた西軍代表決定戦。「次に向け調整する時間ができた」。元プロ野球選手を父に持つプロボクサーは早くも次戦に目を向けた。
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 ▼早川教文(はやかわ・のりふみ) 1994年4月26日生まれ、東京都足立区出身の27歳。179センチ。6歳のときに名古屋に転居。小学3年から野球を始め、春日丘高(現中部大春日丘高)では右肘を手術したこともあり、3年の時はラグビー部に移籍。中部大で再び野球部に入部した。ボクシングは大学4年の末から始める。プロ通算4戦3勝(3KO)1敗。

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