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<なんしん見聞録> 大鹿の鹿塩温泉、山から湧き出る塩水

2021年9月19日 05時00分 (9月19日 11時09分更新)
釜で煮詰めた鹿塩温泉の源泉から塩をすくい上げる定雄さん=大鹿村鹿塩の山塩館で

釜で煮詰めた鹿塩温泉の源泉から塩をすくい上げる定雄さん=大鹿村鹿塩の山塩館で

  • 釜で煮詰めた鹿塩温泉の源泉から塩をすくい上げる定雄さん=大鹿村鹿塩の山塩館で
  • 山塩館で造られたピラミッド型の塩の結晶
  • 岩塩を求めて銑次郎らが掘ったトンネルの跡=大鹿村鹿塩で
 海から遠く離れた大鹿村で湧き出る鹿塩温泉には大量の塩が含まれている。一度は失われた塩造りの伝統だが、温泉旅館「山塩館」の四代目平瀬長安(ながやす)さん(80)、長男で五代目(現代表)の定雄さん(52)は「村の宝」として塩に一生をかけた先祖らの遺志を守り残している。(長崎光希)
 鹿塩温泉の塩分濃度は3〜4%と海水並み。七千メートル下のフィリピン海プレートの岩盤に閉じ込められた二万年以上前の海水が湧き出ているとする学説もあるが、はっきりとした理由は分かっていないという。弘法大師が塩のない山間地につえを突いて湧かせた、狩りに訪れた建御名方神(たけみなかたのかみ)が鹿がなめている様子から見つけた−などと、いくつかの伝説も残る。
 鹿塩は平安時代から荘園として開発され、山から湧き出た塩水は漬物やみそ造りに使われたり、馬などに与えられたりしてきたとされる。
 塩が貴重だった明治期には、山に湧く塩水の存在を聞き付けた徳島藩出身の士族黒部銑次郎が、その起源が岩塩ではないかと目を付けた。一八七五(明治八)年に来村して、翌年地元の地主だった長安さんの祖父理太郎とともに金の鉱脈を目指すかのように岩塩を求めて山...

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