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「糠塚」若狭国首長の墓か 脇袋古墳群、花園大研究室が調査発表

2021年9月17日 05時00分 (9月17日 16時42分更新)
発掘された糠塚古墳の後円部の裾。手前側が高低差のある周濠=若狭町脇袋で

発掘された糠塚古墳の後円部の裾。手前側が高低差のある周濠=若狭町脇袋で

  • 発掘された糠塚古墳の後円部の裾。手前側が高低差のある周濠=若狭町脇袋で
  • 糠塚古墳から出土した五世紀末とされる埴輪の破片=若狭町脇袋で
  • 前方後円墳の糠塚古墳。中央左の森が後円部で、写真上方が前方部とされる=若狭町脇袋で(花園大考古学研究室提供)
 国指定史跡の古墳を三基抱える若狭町の脇袋古墳群を調査している花園大考古学研究室は、詳細が不明だった糠塚(ぬかづか)古墳が全長五十メートル超の前方後円墳と推定されると発表した。大きさや出土埴輪(はにわ)から他の三基と同じ古代若狭国の首長の墓である可能性が高い。古墳の周濠(しゅうごう)には高低差が確認され、水を調整する構造があったとみられる。研究チーム代表の高橋克寿教授(59)は「これほど狭い範囲に代々の首長の墓が集まるのは珍しい。優れた土木技術があったと考えられる」と説明する。(林侑太郎)...

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