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全長50メートル超 前方後円墳 糠塚古墳  若狭町脇袋古墳群  

2021年9月17日 05時00分 (9月17日 09時47分更新)

前方後円墳の糠塚古墳。中央左の森が後円部で、写真上方が前方部とされる=花園大考古学研究室提供 (

発掘された糠塚古墳の後円部の裾。手前側が高低差のある周濠=いずれも若狭町脇袋で

 花園大研究室推定 5世紀末 首長墓 


 周濠に高低差 水の調整か

 国指定史跡の古墳を三基抱える若狭町の脇袋古墳群を調査している花園大考古学研究室は、詳細が不明だった糠塚(ぬかづか)古墳が全長五十メートル超の前方後円墳と推定されると発表した。大きさや出土埴輪(はにわ)から他の三基と同じ古代若狭国の首長の墓である可能性が高い。古墳の周濠(しゅうごう)には高低差が確認され、水を調整する構造があったとみられる。研究チーム代表の高橋克寿教授(59)は「これほど狭い範囲に代々の首長の墓が集まるのは珍しい。優れた土木技術があったと考えられる」と説明する。 (林侑太郎)

糠塚古墳から出土した5世紀末とされる埴輪の破片

 今回、見つかったのは糠塚古墳の前方部と後円部の付け根とみられる斜面。後円部の南側の裾では大量の埴輪の破片が発掘された。これにより糠塚古墳は、後円部は直径三十一メートル、全長は推定五十〜六十メートルの前方後円墳であると断定した。他の古墳三基と近接し、大きさや埴輪の年代的特徴から、五世紀末の若狭国の首長墓であるとした。
 高低差が確認された古墳の周りを囲う周濠には流水を調節する構造があったとみられ、町の六〜八月の調査で隣の西塚古墳に発見された丸太木の堰(せき)と同様の施設が、糠塚古墳にもあったと考えられる。
 四基の古墳は、五世紀初めから末にかけて傾斜地に近接して造られ、連動して水位を調整しながら各古墳の周濠に共有する水をためていたと推測される。
 高橋教授は「高い技術力が必要。古代からこの地は交通の要衝で、外部との技術交流があったのでは」と分析する。町歴史文化課の近藤匠さんは「古墳群全体の理解につながる重要な成果。史跡として整備を検討している西塚古墳と合わせ、町の事業にも生かしたい」と評価する。
 脇袋古墳群の国指定史跡の三基は上ノ塚(じょうのづか)古墳、西塚古墳、中塚古墳。史跡指定を受けていない糠塚古墳は西塚古墳の南側に位置し、過去の花園大調査で前方後円墳の一部と思われる遺構が見つかった。今回の調査は八月十九日から今月十三日まで、糠塚古墳と上ノ塚古墳で行った。

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