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大島康徳さんと大谷翔平&ダルビッシュ“日本ハム背番11”の縁…最期の瞬間まで気にかけていた【奈保美夫人インタビュー】

2021年9月17日 06時00分

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今年5月、名古屋への出張中に仲良く朝食を取る大島さん夫妻(奈保美夫人提供)

今年5月、名古屋への出張中に仲良く朝食を取る大島さん夫妻(奈保美夫人提供)

  • 今年5月、名古屋への出張中に仲良く朝食を取る大島さん夫妻(奈保美夫人提供)
  • 大島さんが2010年の日本ハム-ソフトバンク戦の始球式で着用した背番号「11」のユニホーム(大島奈保美さん提供)
  • 故大島康徳さんとの思い出やプロ野球選手の家族について話す妻奈保美さん
  • 大島康徳著「振りきった、生ききった 『一発長打の大島くん』の負くっか人生」
佳境を迎えつつあるプロ野球。必死にプレーする後輩たちにエールを送っていたのが、6月に亡くなった大島康徳さんだ。最期の瞬間まで気に掛けていたのは、日本ハムから大リーグに巣立った大谷翔平選手、ダルビッシュ有投手とドラゴンズの選手たち。大島さんがどのような思いを抱いていたのか。妻・奈保美さんに聞いた。(聞き手・谷野哲郎)
   ◇   ◇
 ―大島さんの最後の解説は6月12日のNHK・BS大リーグ中継のエンゼルス戦でした。大谷翔平選手について大島さんはどのように話していましたか
 奈保美さん「大好きでしたね。格が違う、ものが違う、別次元だと言って褒めていました。夫は朝、メジャーリーグの放送を見るのを日課にしていましたが、大谷選手を見るのが、楽しみで仕方がないといった感じでした」
 ―二刀流について独自のアイデアがありましたね
 「大谷選手は才能がありすぎて二刀流ができるけど、どちらも2位とか3位とかで、1位に届かないかもしれない。なら、いっそのこと、隔年でやったらどうだろうと。今年は投手、来年は打者と。それで投打のタイトルを一年ごとに取ってほしいって言ってました」
 ―日本ハム時代の大島さんの背番号は「11」でした。大谷選手も日本ハム時代は「11」ですから、直系の後輩に当たります
 「ダルビッシュ投手も『11』ですし、『すごい後輩たちのおかげで11を栄光の背番号にしてもらった』と、うれしそうに話していました。夫の『11』は、日本ハムに移籍したときに私たちの結婚記念日(1月11日)を理由に選んでくれた数字なので、私にとっても特別な番号なんです」
 ―ダルビッシュ投手についても大島さんの評価は高く、以前、サイ・ヤング賞(大リーグで投手のMVP)を絶対に取れる投手だと言い切っていました
 「彼が新人のころは伸び伸び育ってほしいと言っていましたが、最近ではワクワクする投手だと褒めていました。主人の中でワクワクするというのは、最大の褒め言葉だと思います」
 ―ワクワクは大島さんのキーワード?
 「ワクワクするかどうかは夫がチームや選手を見るときの基準だったようです。例えば、今の中日の選手たちを見て、『ワクワクする選手がいない。ワクワクさせてほしい』と残念がっていました」
 ―厳しめのコメントは、古巣中日への思い入れがあったが故でしょうね
 「はい、それはもう。自分を育ててくれたのはドラゴンズだ、原点のチームだといつも言っていました。だからこそ、特別な思いで見ていたと思います。『チーム自体は悪くないのに、突出しているものを持っている選手がいない』と悔しそうに話していました」
 ―大島さんは「一発長打」という代名詞がありました。その部分で物足りなさがあったのでしょうか
 「『チームの魅力は何だといったときに、特徴がないとぼやけてしまう』と言っていましたね。あと『名古屋のファンは選手に対するリスペクトが強すぎて、それに中日の選手があぐらをかいてしまっている』とも話していました」
 ―大島さんは日本ハムで監督を務めました。中日でも指揮を執る姿を見たかったですか
 「夫がどう考えていたか、本人でなければ気持ちはわかりません。でも、ドラゴンズや名古屋の街に何か恩返しがしたいとずっと思っていたようです。主人にはドラゴンズブルーの血が流れていると思いますので」
 ―例えば、大島さんがいた1984年の中日は大島さんを含め、谷沢健一さん、宇野勝さん、モッカさんと30本塁打以上の選手が4人も出ました。あのときはワクワクしました
 「夫がいたころの中日は個性的な選手ばかりで強いチームでしたね。当時の私は巨人ファンで、中日は対戦するのが嫌なチームでした。中でも夫は一番嫌なところで打ったので、良いイメージはありませんでした」
 ―それなのに結婚を
 「郭源治さんの奥さんが職場の同僚で、彼女の紹介でした。最初は怖い人という印象でしたが、何回か会ううちにひかれました」
 ―大島さんが亡くなって2カ月半がたちました
 「夫は私の中でとても大きな部分を占めていた人なので、今でもつらいとき、落ち込むときがあります。でも、夫は常に前向きな人でした。大島康徳の生き方や残した言葉を思い出しながら、少しずつ、前に進んでいきたいと思っています」

◆大島さん自伝を出版
 大島康徳さんの自伝「振りきった、生ききった 『一発長打の大島くん』の負くっか人生」を緊急出版しました。
 この本で大島さんは本塁打王獲得や2000安打達成、監督就任など人々の記憶に残る野球人生を振り返り、往年のドラゴンズ戦士やONら球界のレジェンドたちとの交流秘話も明かしています。がんと向き合いながらも命を生ききる喜びや意味も、最後のメッセージとしてつづりました。著者の遺志を受け、東京/中日新聞に執筆した連載「この道」を再構成して刊行しました。
 定価1540円、巻頭カラー216ページ、四六判。全国の書店で販売中。
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