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<あいちの民話を訪ねて>(48)久太稲荷(名古屋市南区)

2021年9月5日 05時00分 (9月5日 05時00分更新)
キツネ女房の民話について語る各務さん=名古屋市南区星崎2で

キツネ女房の民話について語る各務さん=名古屋市南区星崎2で

  • キツネ女房の民話について語る各務さん=名古屋市南区星崎2で
  • 本殿の奥にある稲荷社にも、紅白の前掛けをしたキツネたちが鎮座している=名古屋市南区星崎2で
  • 本殿の両脇にも、たくさんのキツネの像が並べられている=名古屋市南区星崎2で
 名鉄本星崎駅から徒歩十分余。工場や自動車販売会社が立ち並ぶ中に、ぽつんと鹿島稲荷社(名古屋市南区星崎二)はある。別名「久太稲荷」。四百年ほど前、キツネの化身に世話になった久太夫の子孫が社を建てたという。
 本殿に至るまでは朱塗りの鳥居が立ち並ぶ。「(久太夫の妻は)京都の伏見で倒れた女性との節がある。伏見稲荷か、豊川稲荷から発祥した神社なのかもしれない」と氏子総代の各務光義さん(76)は推測する。境内に鎮座するのは、大小四十体余のキツネの像。本殿の周りはもちろん、その裏にある小さな社にもキツネが数体おり、一部は紅白の前掛けをまとっている。各務さんによると、かつて手入れの中心を担っていた団体「稲荷講」は二十年ほど前に解散してしまったが、今も時折前掛けを交換しに来る人がいるという。
 天白川の砂州が発達した土地で、昔は周囲は田畑に囲まれていた。各務さんは、稲穂に花がないのに後から実が付くなど民話の一部は「現実には考えにくい話」としつつ、「年貢がなければ豊かな暮らしを送れるのに、との願いが込められているのかも」と、かつての農民らを思いやった。 (松野穂波)

 昔、星崎に久太夫という人がいた。妻はよ...

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