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豊橋市民プール、思い出キラリ 9月5日に閉鎖

2021年8月31日 05時00分 (8月31日 12時01分更新)
幼児用のすべり台で遊ぶ子どもたち=豊橋市今橋町の市民プールで

幼児用のすべり台で遊ぶ子どもたち=豊橋市今橋町の市民プールで

  • 幼児用のすべり台で遊ぶ子どもたち=豊橋市今橋町の市民プールで
  • 入り口に設置された閉館を惜しむメッセージボード=豊橋市今橋町の市民プールで
  • 水しぶきを上げて遊ぶ親子連れ=豊橋市今橋町の市民プールで
 東三河唯一の公立の屋外プールとなっていた豊橋市今橋町の豊橋公園内にある市民プールが、九月五日に五十六年の歴史に幕を下ろす。閉鎖まで一週間を切った三十日、真夏の日差しを受けながら、新学期前の子どもたちが水しぶきを上げていた。「あなたにとって市民プールの思い出は?」。別れを惜しむ市民らに聞いた。 (斎藤徹)
 市民プールは一九六五(昭和四十)年にオープン。当初は五十メートル、二十五メートル、飛び込み用、子ども用の四種類があった。二〇〇八年に廃止された五十メートルプールは、全国中学校体育大会や日本高等学校選手権大会(現インターハイ)といった大舞台の会場になった時代もあった。
 子ども二人と訪れていた同市東幸町の榊原美保さん(41)は、中学時代に市民プールで開かれていた水泳大会に出場した一人。「閉まると聞き、二十六年ぶりに来た」と話した。初めて訪れたのは、祖父母や兄に連れられた五歳の時。「五十メートルは大人しか入れない、憧れの場所だった」と話す。泳げるようになりたいと思い、プールで開かれていた教室に参加し、泳力を磨いた。中学の引退試合もこのプールだったといい、「好記録が出せず、泣いたこともあった...

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