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平和願い、紡いだ校歌 名古屋・桜山中出身の前田さん回顧

2021年8月31日 05時00分 (8月31日 12時18分更新)
戦争体験と桜山中の校歌の思い出を話す前田さん=名古屋市昭和区で

戦争体験と桜山中の校歌の思い出を話す前田さん=名古屋市昭和区で

  • 戦争体験と桜山中の校歌の思い出を話す前田さん=名古屋市昭和区で
 学校のシンボルともいえる校歌。一九四七年に創立された名古屋市昭和区の桜山中の校歌は、戦後の新しい社会への希望を込めて、生徒と教諭が共同で作詞したという。そのメンバーだった前田邦子さん(87)=瑞穂区=が、「同窓会で集まるたびに歌う」ほど親しむ校歌が生まれた経緯や平和への思いを語った。 (渡辺紗希)
 前田さんは、現在の昭和区出身。四五年三月の空襲では松栄国民学校(現松栄小)が焼け、疎開を経験した後、名古屋で終戦を迎えた。
 四七年、新制桜山中に入学。国民学校三年から男女別々のクラスだったが、突然男子生徒と机を並べるように。「先生が急に『男女仲良くせよ』って。新制中学は新しいことばかりだった」と振り返る。
 「新しい学校には校歌が必要」。担任で国語の浅田秀雄教諭の呼び掛けで、ほどなく歌詞作りが始まった。「戦争中は戦争用語しか使わず、先生に黙って従うだけだった。民主主義の世の中だからと、みんなで意見を交わし、歌詞に使いたい言葉を先生に提案した」。男女四人ほどの生徒が放課後、教諭の下宿に集まって話し合う時間は今までにない楽しい経験だった。
 一番の歌い出しの「黎明(れいめい)」という言葉は、先生に...

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