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ありがとうキンちゃん…ラグビー日本最多98キャップの東芝・大野均がオンライン引退会見 ベストマッチは13年”涙の金星”ウェールズ戦 俳優デビューは…?

2020年5月22日 17時20分

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オンラインで引退会見を行った大野。柔和な表情が印象的だった

オンラインで引退会見を行った大野。柔和な表情が印象的だった

 ラグビー日本代表で98キャップの歴代最多出場記録を持つ大野均(42)が22日、所属する東芝からオンラインで引退会見を行った。
 大野は冒頭に「大学からラグビーを始め、素人同然だった私を東芝に誘っていただき、社員の皆さまはじめ多くの方々に励まされながら、ここまで頑張ってくることができました」とあいさつすると「『灰になってもまだ燃える』が私の信条でしたが、1年前から膝の痛みが出て、昨年末からは別メニューで治療してきましたが、回復は見られず、また昨年のW杯でも日本代表が躍進し、東芝でも若い選手の台頭が見られたことをとても頼もしく感じ、これ以上やり残したことはないと考え、引退を決断しました」と現役引退の理由を自ら説明した。
 質疑応答では現役生活で最も印象に残っている試合を聞かれ「(日本代表の)桜のジャージーを着た試合はすべての試合が印象に残っています。15年W杯の南アフリカ戦ももちろんですが、印象的なのは13年に初めてウェールズに勝った試合。初めて日本代表入りした04年に遠征で0ー98で負けた相手に10年後に勝てるとは想像できなかった。ベンチに下がって、勝ちが決まったときには涙が出てきてグラウンドが見えなかった」と、苦難の時代を経てきた思いを明かした。
 中学高校時代は野球部で補欠。地元・福島県の日大工学部で長身を見込まれてラグビーを始め、東北リーグでプレーしていた無名の存在から日本代表の大黒柱にまでなれた理由を聞かれると「パスもキックも下手だったから、自分のできることだけを迷わずにやれたこと。いろいろな選択肢を持っていたら、迷ってしまってここまで長くやれなかったかもしれない」と笑った。
 引退後について「今後は私を育ててくれた東芝に恩返しできる活動を、大野均として、自分にできる、自分にしかできない道を見つけて日本ラグビーに貢献していきたい」と語ると「コーチについては、自分から言えることではないので、もしも要請があれば考えます。故郷の福島県など、地方でラグビーの魅力を伝える機会があれば貢献したい」と抱負を話し、先に引退してTBS系ドラマ「ノーサイド・ゲーム」に出演した広瀬俊朗さん(38)のような俳優活動については「オファーがあったら考えます」と苦笑した。

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