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リーチに「運動神経ない」といわれた男…大野均はなぜ歴代最多・代表98キャップ務めることが出来たのか

2020年5月22日 20時55分

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オンラインでの引退会見に臨んだ大野(東芝提供)

オンラインでの引退会見に臨んだ大野(東芝提供)

引退会見で自己分析「パスもキックも下手だったから…」

 ラグビーの元日本代表で、歴代最多の通算98キャップを誇るトップリーグ、東芝の大野均(42)が22日、オンラインで引退会見した。
 誠実で丁寧な口調は最後まで変わらなかった。「灰になってもまだ燃える、が信条でした。1年前から膝の痛みが出て、昨年末からは別メニューで治療してきましたが、回復は見られず、また昨年のW杯でも日本代表が躍進し、東芝でも若い選手の台頭が見られたことをとても頼もしく感じ、これ以上やり残したことはないと考え、引退を決断しました」
 中高では野球部で補欠。地元・福島県の日大工学部時代に、192センチの長身を見込まれてラグビーを始め、東北リーグでプレーしていた無名の存在から、日本代表最多キャップ記録を築いた。東芝の後輩、リーチ・マイケルには「キンさんは運動神経がない」といじられるほど自他ともに認める不器用だが「パスもキックも下手だったから、自分のできること、走ることと激しくいくことだけを迷わずにやれた。いろいろな選択肢を持っていたら、迷ってしまってここまで長くやれなかったかも」。そう言って笑った。
 「桜のジャージーを着た試合はすべての試合が印象に残っています」と前置きしたうえで「15年W杯の南アフリカ戦ももちろんですが、印象的なのは13年に初めてウェールズに勝った試合。初めて日本代表入りした04年に遠征で0―98で負けた相手に10年後に勝てるとは想像できなかった。先発からベンチに下がって、勝ちが決まったときには涙が出てきてグラウンドが見えなかった」と、苦難の時代も経験したレジェンドならではの思いを明かした。
 今後の活動については「コーチについては、自分から言えることではないので、もしも要請があれば考えます。故郷の福島県など、地方でラグビーの魅力を伝える機会があれば貢献したい」と抱負を話し、先に引退し、TBS系ドラマ「ノーサイド ゲーム」に出演した元日本代表の広瀬俊朗さんのような俳優活動については「オファーがあったら考えます」と笑った。

 ▼大野均(おおの・ひとし) 1978(昭和53)年5月6日、福島県郡山市生まれの42歳。192センチ、105キロ。福島・清陵情報高では野球部に所属。日大工学部でラグビーを始め、ほぼ初心者のまま2001年に東芝入りし、2年目から公式戦出場。04年に日本代表入りし、07年、11年、15年とW杯3大会出場。98キャップは日本代表歴代最多。トップリーグ出場170試合は歴代2位で、プレーオフを含めた197試合出場は最多。

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