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プレーで 声で ナイン支えた 高校野球 敦賀気比・大島主将 

2021年8月27日 05時00分 (8月27日 10時00分更新)
勝負強い打撃と人一倍の責任感でチームを引っ張ってきた敦賀気比の大島主将=26日、甲子園球場で(七森祐也撮影)

勝負強い打撃と人一倍の責任感でチームを引っ張ってきた敦賀気比の大島主将=26日、甲子園球場で(七森祐也撮影)

 

不調でも周りに目配り


 試合で窮地に陥った時、何度チームを救ったことか。自らのバットで、足で、守備で、声で。一七四センチと決して恵まれていない体格ながら、グラウンドではひときわ大きく見えた。二十六日に甲子園球場であった全国高校野球選手権の準々決勝。敦賀気比の大島正樹主将(17)が、縦じまのユニホームで最後の戦いを終えた。(谷出知謙)
 昨秋、人生初の主将の肩書を背負うと、どんどんたくましくなった。一年春からスタメンを続けた経験値に加え、投打の大黒柱がいないチームを引っ張る覚悟が勝負強さに表れる。春の甲子園を懸けた十月の北信越大会準決勝は、九回裏2死一、二塁から起死回生の同点打を放ち、優勝への流れを築いた。この夏の予選も逆転勝ちした準々決勝で1本塁打を含む3安打3打点。周囲から絶対的な信頼を集めた。
 選抜大会以降、孤立した時期がある。故障が重なりバットから快音が消えた。「ここで打たんと負ける」と練習試合で自ら重圧をかけ、焦りも生じた。結果が出ていない自分がチームを引っ張れるのか−。責任感が強い分だけ、思い悩んだ。寮で相部屋の川勝郁海選手(三年)は「野球を辞めたい」と泣きながら母親に電話する大島主将の姿を見た。「追い詰められていた。声も掛けられなかった」
 苦しくても、周りに目配りし続けた。五月から始まった追い込み期間以降、ノック前に全員を集合させ言葉を掛けた。「このままだと夏は勝てない」「一つのエラーで流れは向こうに行くぞ」。秋から続く北信越地区で負けなしのチームに隙が見えたから。自身も打ち方を変え、黙々とバットを振った。六月の北信越大会で放った通算5本目の本塁打は「これ以上ない感触だった」。二カ月以上続いた不調を越えた瞬間だった。
 寮で口にするのはお菓子ではなく、プロテインなど体づくりに関わるものばかり。練習前は、同期の中で誰よりも早くグラウンドに行って準備を整えた。野球でも私生活でも大きく太い柱に成長。憧れ、理想とする同校OBの吉田正尚(まさたか)選手(オリックス)の後をこれからも追う。「大学に行って、プロに行く。プロの夢は変わらない」。自身三度目の甲子園で打率は2割と低迷。それでも「このメンバーと最後までやれたことに悔いはない」と誇らしげに言った。

 おおしま・まさき 京都府出身。敦賀気比高OBの吉田正尚選手(オリックス)に憧れ同校へ進学した。俊足・強肩の外野手で、思い切りの良い打撃が買われ1年春から中堅手でスタメン。2年秋から主将になり、攻守でチームをけん引した。高校通算本塁打は9本。左投げ左打ち。174センチ、73キロ。


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