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両手のないフェンサー“ベベ”に同い年の女子学生は「引き込まれた」…パラアスリートが発する猛烈なエネルギー

2021年8月24日 10時55分

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車いすフェンシング女子のベアトリーチェ・ビオ。イタリアでは“ベベ”の愛称で親しまれている(AP)

車いすフェンシング女子のベアトリーチェ・ビオ。イタリアでは“ベベ”の愛称で親しまれている(AP)

◇ヘンリー鈴木のスポーツ方丈記
 「私はパラリンピックをきっと見られないな。見ていると、かわいそうに思えてきて、つらくなっちゃうの」
 「そうかな、僕なんかは逆で、彼ら、彼女たちの前向きな生き方を見ていると、自分も元気が出てくる方だな」
 「それは、あなたがふだんから仕事でパラリンピアンと接していて、プライベートでも交流があったりするからでしょ。この前も酔っぱらって帰ってきて、一緒に飲んでいた人は目が見えないんでしょ? その人はちゃんと帰ることができたの?」
 「大丈夫だよ。鉄道の駅で階段の手すりに点字が刻まれていることがあるじゃない。あれって、自分が行こうとしている方向など、いろいろな情報が書いてあって、通路の点字ブロックと一緒でとても助かるんだって。お金をそれほどかけなくても、障がいを持つ人にとって便利なことはまだまだあるんだよ。そういうのを社会にもっと広げて…」
 「もう、話をそらさないで。ベロベロだったあんたを布団に寝かせるのが大変だったんだから」
 とある日の、わが家の夫婦の会話。酔っぱらいの下りはともかくとして、多くの人にとって障がい者スポーツは私の妻と同様、最初はとっつきにくいかもしれない。そういえば、こんなこともあった。大学で2016年リオ・パラリンピックの映像を流して講義をしていた時、女子学生の一人が突然に意識を失って倒れた。医務室にすぐ運び、事なきを得たのだが、その学生は目が覚めた後にこう話していた。
 「パラリンピックを見たのは初めてで、映像の中に引き込まれていくような感じになって…」
 彼女が倒れた時に流していた映像は、今回の東京パラリンピックにも出場する車いすフェンシング女子のイタリア代表、ベアトリーチェ・ビオ(24)が、リオ大会で金メダルを獲得した時のものだった。11歳の時に両腕の肘から先と、両脚の膝から下を、髄膜炎のため切断。それでも「私は人生をあきらめない。自分でより良く生きようとしなければ、より良く生きることはできない」と、世界でも類を見ない両手がないフェンシング選手として頂点に登り詰めた。
 リオ大会の時のビオは19歳。同じ年齢の女子学生は、おそらくビオがたどってきた人生と自分を重ね合わせ、複雑な感情とともに引き込まれていくうちに意識を失ったのだと思う。
 「ベベ」の愛称で呼ばれるビオは、今やイタリアの国民的英雄。全身から発するエネルギーは周囲の人々を虜(とりこ)にし、競技以外にもファッションモデルなどさまざまなことに挑戦している。体の一部を失った子供たちを支援するスポーツイベントを立ち上げるなど社会活動にも意欲的で、将来の大統領候補という声さえ出ている。
 そんなビオの東京パラリンピックを、あの学生は見てくれるだろうか。講義の前に映像の内容をもっと詳細に説明するべきだったと自らを戒めながらも、そう願っている。
 健常者の立場から見たくないもの、見ないようにしているもの、見せないようにしているもの。かつて障がい者は、そのように扱われた。社会から隔離されてきた人たちの生きがいとなり、パフォーマンスを発揮する場となったパラリンピックはやはり必要だと思う。それは観戦する私たちにも新たな世界を見せてくれるし、何よりも選手たちの真剣な表情と底抜けに明るい笑顔は、自分にとって人生の道しるべとなる。
 できることなら、そのようなパラアスリートたちの発する猛烈なエネルギーを競技場で多くの人に直接感じてもらいたいという思いは今でもある。ただ、コロナ禍における大会で、選手たちも自らの健康の不安に包まれながら東京にやってきた。そんな彼ら、彼女らを守りながら、パラリンピックを純粋に楽しみたい。開幕を控え、今はそれだけを思っている。
 ◆ヘンリー鈴木(鈴木遍理) 東京中日スポーツ報道部長、東京新聞運動部長、同論説委員などを経て現東京中日スポーツ編集委員、専修大学「スポーツジャーナリズム論」講師。これまで中日ドラゴンズ、東京ヤクルトスワローズ、大リーグ、名古屋グランパス、ゴルフ、五輪などを担当。
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