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[朝乃山大関昇進へ:上]郷土の横綱太刀山に導かれた相撲道…しこ名「山」にこだわった「富山の人間山脈」

2020年3月24日 12時51分

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呉羽小4年、まわし姿の朝乃山

呉羽小4年、まわし姿の朝乃山

  • 呉羽小4年、まわし姿の朝乃山
  • 横綱太刀山の碑。碑に映り込んでいるのが太刀山道場の屋根と呉羽小
  • 生後6カ月の朝乃山
 大相撲春場所で11勝を挙げ、東関脇朝乃山(26)=高砂=が25日、日本相撲協会の夏場所番付編成会議と臨時理事会を経て、正式に大関に昇進する。富山県出身では元横綱の太刀山以来、111年ぶりの新大関と歴史を動かした伸び盛りの原点や魅力を、両親と恩師の証言や本人の振り返りから、しこ名に込められた思いとともに3回の連載で迫る。
 生まれ育った富山市、同郷も同郷の同市呉羽町出身の横綱太刀山、そして188センチ、177キロの巨体と立山連峰を引っかけた異名「富山の人間山脈」―。愛する故郷にちなんだ「山」は、しこ名の中でもこだわり抜いた1文字だ。
 1994年3月1日、体重3600グラムで3兄弟の真ん中として産声を上げた後の朝乃山、石橋広暉。幼少期から同い年の中で、頭ひとつ大きかった。「兄弟3人で歩いていたら『俺は拾われた子だな』ってなる。全然似ていない」とは、本人がいたずらっぽく飛ばす定番のジョークだ。
 そんな恵まれた体格の石橋少年と相撲との出合いは、郷土の横綱が導いてくれた。母校の呉羽小の校庭の一角にある土俵の名は「太刀山道場」。太刀山の遺族の寄付で設けられた土俵で、学校対抗の大会に4年生代表として出るため、力士人生の第一歩を踏み出した。
 父親の靖さん(62)が「太刀山が出た地域として誰でもいいから呉羽から、関取が出てほしいなと願いはありました」と話す相撲どころ。だが、もし太刀山がいなかったら…。
 朝乃山自身が幕内力士となってから、そう自問自答していたことがあった。答えは「相撲をやってなかったかな。横綱がいたからこそ、土俵もできたと思う」。運命をひしひしと感じていた。
 とはいえ小学生時代、これといった攻めの武器もなく、全国大会とは無縁だった。「遊びみたいな感じで、土俵でじゃれてたくらいっす」という相撲とは逆に、母親の佳美さん(57)の勧めで“二刀流”だったハンドボールでは、GKとして富山県の強化指定選手に。呉羽中に進んだ当初、土俵に姿はなかった。

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