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「今あるのは生活保護のおかげ」DaiGoさん発言受け手記 バッハ資料財団広報担当・高野昭夫さん

2021年8月24日 05時00分 (8月25日 10時46分更新)
高野昭夫さん=本人提供

高野昭夫さん=本人提供

  • 高野昭夫さん=本人提供
  • 自身の差別発言について再謝罪するDaiGoさん=ユーチューブから
 「メンタリスト」を名乗り執筆やインターネットでの発信を続けるDaiGoさんが、動画投稿サイト「ユーチューブ」で「ホームレスの命はどうでもいい」などと発言して、ホームレスへの差別や攻撃を助長すると批判を浴びた問題。若いころに生活保護を受給した経験のあるバッハ資料財団(ドイツ・ライプチヒ)の広報担当高野昭夫さん(60)が本紙に手記を寄せた。
 真っ白いテーブルクロス、ピカピカの銀食器がカチャカチャと皿に当たる音が部屋に響く。ここはドイツ・ライプチヒ市で最も格式の高いレストランである。私は、特別な日にしか出番のこない、これまたピカピカに磨いた重たい黒革靴を履いている。
 二〇一三年八月。元総理大臣・小泉純一郎氏ら要人を招いて夕食会が開かれ、私は光栄にも氏の接待役として左隣の席に案内された。その席で私はこう言った。
 「わたし、日本国に食べさせてもらったことがあるのです」
 「なんだ、公務員でもしていたのか」
 「いえ、生活保護を受けていました」
 小泉氏の目の色が変わった。私はこれまでの半生を語った。
 「えらい! あんたすごいよ!」。小泉氏は私の肩を強く抱きしめた。その日から約八年、今でも懇意にしていただいている。
      ◇ 
 大学卒業後、「バッハオタク」と呼ばれながら長い青年期を過ごし、三十四歳でバッハを仕事にすることをあきらめた(当時のオタクの呼称には現在ほどの親しみはなく、侮辱的なニュアンスが含まれていたと思う)。バッハとは無縁の会社に就職し、バッハを聴くことさえ絶った。一九九六年六月のことだった。
 しばらくして体に異変が起こった。下痢から始まり、周囲の視線が気になり始めた。ばかげていると分かっていながら、汚れていない手を一日一個の固形せっけんが無くなるまで洗い続けた。四畳半のアパートで毎日幻聴におびえながら「殺してくれ」と願い生きる苦悶(くもん)の日々だった。
 転機は遠地の友人が訪ねてきた時だった。私の姿を一目見て、すぐに精神科を受診するよう勧めた。
 「高野さん、生活保護を受けてください」。生まれて初めて精神科を受診した日、主治医にそう言われた。自分が強迫性障害という病気だということも、このとき初めて知った。その後、東京都大田区の福祉事務所で、担当者から「これ、緊急支援金です」と五百円玉を二枚、手渡された。
 それまで絶望以上の苦しみの中で過ごしてきたが、この日は、もう死ぬことは許されないという「絶望」と、これで食うことはできるという「希望」を感じた。
 温かく見守ってくださった福祉事務所や民生委員の方々、適切な治療をしてくださった主治医のおかげで、私の病は快方に向かった。「もう一度、バッハで生きていこう」と思えるまでになった。四年間の受給に終止符を打ち、その後たくさんの人々に助けられ、私はドイツへと旅立った。
 幸運にも今では天職に恵まれた。だが、ハガキとハンコを手に握り生気を失った顔で列に並ぶ人々の姿を、私は忘れることができない。当時渡された五百円玉二枚は使えずに、いまでも保管している。今の私があるのは生活保護のおかげだ。
      ◇ 
 先日、ライプチヒの自宅で、いつものように日本のニュースを見ていると、メンタリスト・DaiGo氏が流した動画での差別発言の記事が目に飛び込んできた。「邪魔だしさ、プラスになんないしさ、臭いしさ、治安悪くなるしさ」「いない方が良くない?」「生活保護の人たちに食わせる金があるんだったら猫を救ってほしい」。優生思想を思わせる冷酷で常軌を逸した発言である。
 その後、氏は態度を一変させ、謝罪動画を投稿した。「(活動を休止するなどせず)無知であったので、勉強したい」とも。
 しかし、これは「無知」ゆえの所業なのだろうか? 貧しい者、病める者を「不要」とする考えを改めるのに「勉強」が必要なのだろうか? むしろ「想像力」ではないだろうか。われわれの住む社会では、多種多様な困窮者、弱者が存在している。そのひとつひとつ全てのケースを「勉強」しなければ、彼らの苦しみ悲しみに思いを寄せることすらできないのであろうか。
 いま助けが必要なのは、むしろこのような想像力が欠如した人間たちではないだろうか。
 私の住むドイツも、かつてこのような優生思想による迫害によってきわめて大きな過ちを犯した。日本でも「旧優生保護法」などという法律が作られた暗い歴史がある。
 これらの過ちは、その後どのような影を落としたか、世界中の誰もが知る歴史的事実である。
 昨年、ホームレスの女性がコロナ禍でさらに困窮し、「邪魔だった」という理由で男に殴られ、死亡した事件があった。彼女は生活保護を申請していなかったという。生活保護は家族に連絡がいくので、ためらう人も多い。被害者女性のご家族は「知っていたら救えたのに」と嘆いていらっしゃった。
 もし、生活保護申請をためらわれている方がこの記事を読んでいたら、すぐにでも申請をしてほしい。生活保護の申請は国民の権利である。
 アフターコロナと呼ばれるこれからの時代、さらに困窮者が増えることが予想される。われわれ一人一人が想像力をもって、互いを思いやり、理解し、尊重すること。これを当たり前とする世の中にしていかなければならない。

内容と経緯

 7日の自身のユーチューブチャンネルで、「自分にとって必要のない命は、僕にとって軽いんで。だからホームレスの命はどうでもいい」と述べ、「どちらかというといない方がよくない、ホームレスって?」「邪魔だしさ、プラスになんないしさ、臭いしさ、ねえ。治安悪くなるしさ」などと発言。「生活保護の人たちに食わせる金があるんだったら猫を救ってほしい」とも語った。
 「優生思想に直結する」などと批判が強まると、13日になり、ユーチューブで「無知が招いた失態だと反省している。大変申し訳ありません」「生活困窮者の状況を知らないので勉強しようと思っている」などと謝罪した。
 生活に困窮した人たちを支える「生活保護問題対策全国会議」など4団体はDaiGoさんの発言を強く批判する声明を発表。厚生労働省も13日、公式ツイッターで「生活保護の申請は国民の権利」「ためらわずにご相談ください。お住まいの自治体の福祉事務所まで」などと投稿した。
 DaiGoさんは慶応大在学時、マジックサークルに所属。心理学的暗示や錯覚によるパフォーマンスを実演し、テレビなどで活躍。その後、動画配信などに力を入れ、現在はユーチューブのチャンネル登録者数が244万人にも上る。

 たかの・あきお 1960年、富山市生まれ。国学院大文学部哲学科卒。2001年からドイツ・ライプチヒにあるバッハ資料財団で広報を担当。世界最古のオーケストラ「ゲバントハウス」、ライプチヒ歌劇場など数多くの音楽団体の広報やアドバイザーを兼任している。


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