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「書き方もっとないんかな…」池添謙一騎手のツイートに考えさせられた、馬の死の『言語表現』

2021年8月24日 06時00分

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池添謙一騎手

池添謙一騎手

◇記者コラム「ターフビジョン」
 先週、現役時代に重賞3勝を挙げたパフォーマプロミスが死んだ。昨年末、池添謙一騎手(42)が「死ぬって記事の書き方もっとないんかな…考えてよ」とツイッターに書き込んだように、競走馬がこの世を去った時、しばしば「死ぬ」という表現が物議を醸す。パフォーマプロミスの時も、「死んだ」という直接的な表現に嫌悪感を示す声が散見された。
 個人的には「死亡」や「死去」といった表現を使いたいが、これらは日本語の意味として、人にしか当てはまらないとされている。「マスコミのエゴだ」と憤慨する声もあるが、古来、人の死に対しては「失(う)す」「隠(かく)る」など数多くの遠回しな表現がある一方、動物は基本的に「死ぬ」。死の言語表現の区別は、今に始まったことではないのだ。
 大学で日本語学を教える知人に話を聞くと「死は忌避したいもの。だから人間の場合は遠回しな言い方をしてきた。おそらくだが、昔は動物に対してそう考える必要性がなかった」と説明。ただ、現代ではペットの需要が増し、人間と動物の距離感は昔とは比べものにならないほど縮まっている。競走馬にしても関係者にとっては家族同然で、ファンからしても一介の動物ではないだろう。
 「昔からそうだから」は今の時代では通じない。敬意や愛のある言語表現を模索し、変化させていくことも必要だと思う。(関俊彦)

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