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小浜城跡から越前赤瓦 流通ルート存在の可能性  

2021年8月19日 05時02分 (8月19日 09時54分更新)

花こう岩を割って積み上げた石垣。石の下部にくさびを打ち込んだ穴が残る=小浜市城内で


 県埋蔵文化財調査センター

 
 県埋蔵文化財調査センターが行っている小浜市の小浜城跡発掘調査で、越前町産とみられる越前赤瓦が初めて出土した。小浜城の瓦に小浜藩の外で作られたものも使われたことがわかった。越前国以外の城で越前赤瓦の使用が判明したのは、金沢城(金沢市)に次いで二例目。瓦を外に持ち出す販路など、何らかの流通ルートがあった可能性も考えられる。 (鈴村隆一)
 

小浜城跡から初めて出土した越前赤瓦=小浜市城内で

福井城跡から出土した越前赤瓦。小浜城跡の出土品と文様の一致が見られる=県埋蔵文化財調査センター提供


 出土した越前赤瓦は縦五センチ、横七センチ、厚さ三センチの割れた破片で、三ノ丸の蔵が立っていたと思われる場所で七月に発見された。植物をモチーフにした文様が、福井城で見つかった三百五十年ほど前の瓦と一致。同じ文様の瓦が越前町の窯跡から出ており、同様の型を使ったと推察される。
 小浜城跡ではこれまで、赤と黒の二種類の瓦が出土しているが、いずれも藩内の製造品だった。黒は小浜市内で、赤は小浜藩の領地だった敦賀で作られた。
 同センターの中島啓太さんは「なぜ越前産の瓦が持ち込まれて使われたのかは今後の研究課題。越前赤瓦の流通についても考えていきたい」と話した。
 発掘調査は道路改良工事に伴って実施し四年目。今年六月からの調査では瓦のほかに、花こう岩をくさびで割って積み上げた石垣が見つかっている。以前の調査で、石をあまり加工せずに積んだ築城初期と思われる石垣が出土しており、技術の変遷が確認できた。
 同センターは調査の成果を動画などにまとめ、ユーチューブやホームページで公開する予定。
 小浜城 初代小浜藩主の京極高次が1601年に築城を開始。その後、藩主になった酒井忠勝らによって天守閣などの造営が進み、45年ごろ完成した。1871年の火災で建物の大部分が焼失。74年に天守閣が解体され、本丸跡には小浜神社が創建された。一部の石垣などを除き、遺構は埋め立てられている。

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