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本紙「平和の俳句」2度入選、あわらの木幡さん 「戦争絶対だめ」信念貫く

2021年8月19日 05時00分 (9月1日 12時20分更新)
「平和の俳句」を題材にした書道展で、書家が揮毫(きごう)した自らの作品を前にする木幡雅好さん=2017年10月、名古屋市で(木幡嘉子さん提供)

「平和の俳句」を題材にした書道展で、書家が揮毫(きごう)した自らの作品を前にする木幡雅好さん=2017年10月、名古屋市で(木幡嘉子さん提供)

 平和を願う俳句を募集する本紙の企画「平和の俳句」で、過去に二度入選したことがある、あわら市清王の木幡雅好(こはたまさたか)さんが今年四月、八十六歳で亡くなった。初盆を迎え、妻の嘉子(よしこ)さん(80)は「平和のために一生懸命な人だった」と思いをはせている。 (成田真美)
 雅好さんが二〇一五年に初入選した作品は、「陽に焼ける火器に焼かれるペリリユー島」。在位中の上皇ご夫妻がこの年にパラオを訪問し、鎮魂の祈りをささげたことに感銘を受けて詠んだ。
 翌年の作品「信濃路や尾花の中の無言館」も入選。昔訪れた「戦没画学生慰霊美術館 無言館」(長野県上田市)を題材にした。
 雅好さんが俳句を始めたのは、平和の俳句の募集記事を読んだことがきっかけ。趣味で長年俳句を楽しんでいる嘉子さんの影響もあった。「これどうや?」と、二人でお互いの作品を見せ合うこともあった。
 雅好さんは十歳で終戦を迎え、家族とともに旧満州(中国東北部)から引き揚げてきた。家も土地もお金もない中で苦しい日々を送り、「戦争は絶対だめだ」という思いを強くした。
 富山県の電力会社に就職し、ダム設計者として勤務。後に会社が火力と原子力による発...

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