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突然の旅立ち『ジャニーズの母』死去 藤島メリー泰子名誉会長、和歌山大空襲命からがら生き抜く

2021年8月17日 17時32分

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数多くの所属タレントに愛情を注いだジャニーズ事務所の藤島メリー泰子名誉会長

数多くの所属タレントに愛情を注いだジャニーズ事務所の藤島メリー泰子名誉会長

 ジャニーズ事務所は17日、同社の藤島メリー泰子名誉会長が14日午前7時35分に肺炎のため東京都内病院で死去したと、公式サイトで発表した。93歳、米カリフォルニア州ロサンゼルス出身。告別式は故人の遺志により近親者のみで執り行った。お別れの会などを行う予定はないという。2019年7月には弟のジャニー喜多川前社長が87歳で死去した。
 同事務所はサイト上で「創業以来、メリーはジャニーが生み出したタレントを支えてまいりました。ファンの皆様が集う場所をファンクラブではなく、ファミリークラブだと申しておりました通り、タレントもファンの皆様も同じ家族の一員であるというその絆を大切にし、ジャニーズのエンターテイメントそのものが共に成長し、お楽しみいただける場所であることに情熱を注いでまいりました。これからも、その背中を見てきたタレントと社員がその思いを受け継ぎ、精進してまいりますので、何卒ご指導賜れますと幸甚に存じます。改めまして、これまでメリーが皆様より賜りました数々のご支援に、心より感謝申し上げます」とのメッセージを掲載した。
 事務所関係者によると、コロナ禍により外出する機会は減ったものの、心身ともに特に異常はなく突然の旅立ちだったという。
 メリーさんはロサンゼルスの高野山真言宗米国別院の僧侶・喜多川諦道さんの長女として1927年12月26日に生まれた。幼少期に日本に渡ったが、第2次世界大戦が始まると、ジャニーさんら2人の弟と和歌山県に疎開。戦争末期の45年には和歌山大空襲に遭い、きょうだいは命からがら逃げ延びた経験も持つ。
 ジャニー前社長が62年にジャニーズ事務所を立ち上げると、経営面などを裏方としてバックアップ。78年にフォーリーブスが解散後、事務所はしばらく冬の時代を迎えたが、田原俊彦、野村義男、近藤真彦の“たのきんトリオ”をはじめ、少年隊らの誕生によって立て直しに成功。以降は経営面に加え、愛情を持って教育にも力を注ぎ、所属タレントからは“ジャニーズの母”として親しまれていた。
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