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<遺構は語る 近江の戦時をたどる> (1)八日市飛行場 布引掩体壕(東近江市)

2021年8月17日 05時00分 (8月17日 08時25分更新)
ドーム形のコンクリート製の掩体壕=東近江市柴原南町で

ドーム形のコンクリート製の掩体壕=東近江市柴原南町で

  • ドーム形のコンクリート製の掩体壕=東近江市柴原南町で
  • 大音忠行さん
  • 掩体壕の崩れた部分を指さす中島さん=東近江市柴原南町で
  • 竹やぶの中にある掩体壕。中への無断立ち入りは禁じられている=東近江市柴原南町で
 うっそうとした竹やぶの中に、異様なコンクリートのドームが現れる。間口二十五メートル、高さは最大七メートル。戦中の一九四四年ごろ、陸軍八日市飛行場の航空機を空襲から守るために造られた布引掩体壕(えんたいごう)(東近江市柴原南町)だ。あちこちに亀裂が走り、一部は崩れ落ちて、木漏れ日が差す。
 崩れた断面から細い金属や小石がのぞく。航空機を守るには、あまりにも頼りない。「こんなものを造ってまで戦争に突き進んでいたのかと、人を案内すると皆さん驚かれます」と、同市昭和町の郷土史家中島伸男さん(86)。書籍化したり県内の小学生らを案内したりして、掩体壕の存在から戦争の愚かさを伝える。
 年々傷む掩体壕を見て、保存を呼び掛ける中島さんは「のんびりしている場合ではない」と訴える。「将来に継承するには行政の力が不可欠で、維持管理費は税金に頼らざるを得ない。市民、県民の理解を得られるよう進めてほしい」と願う。
 こうした掩体壕は、二〇〇七〜〇九年の市の測量調査で、一帯約二キロの丘陵に計十七基の存在が分かった。コンクリート製のドーム形が二基、コンクリート製の基礎で木製のドーム形が五基、土製が十基。コンクリート製...

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