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宝塚月組トップ珠城りょう 涙の退団 天海祐希に次ぐ大器「結婚含め今後は?」の問いに笑顔

2021年8月15日 20時41分

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珠城りょう(C)宝塚歌劇団

珠城りょう(C)宝塚歌劇団

 宝塚歌劇団月組トップスターの珠城(たまき)りょうのサヨナラ公演が15日、東京宝塚劇場で千秋楽を迎え、公演後の「珠城りょうサヨナラショー」で有終の美を飾り、退団した。珠城はカーテンコールで「(宝塚が)いとおしくて胸がいっぱいです」と涙声で話し、13年在籍した夢の舞台に別れを告げた。退団後については「全く決まっていない」とした。この日、相手役の娘役トップの美園さくらら計9人が退団した。
 サヨナラショーは南北朝時代の武将の鮮烈な生き方と恋を描いた舞台「桜嵐記」と、ショー「Dream Chaser」に引き続いて開催。「グランドホテル」「夢現無双」など過去の出演作から歌唱やダンスの見せ場14場で構成。コロナ対策で一部客席を減らしたものの観客2016人は大喜びだった。
 珠城は2006年4月に宝塚音楽学校入学。08年に宝塚歌劇団に入団し、月組に配属。男役として一人前になるまで10年はかかるといわれる宝塚で入団9年目の16年9月にトップ就任。その当時、7年目でトップになった天海祐希(54)に次ぐ早さで頂点を極めた大器だ。172センチと恵まれた体格を生かしたダイナミックなダンスで人気を集めた。
 終演後の記者会見で「寿(結婚)を含め今後は」との質問に笑顔で「まずは職探しから…」としつつ「卒業された、たくさんのOGが待っていてくださる。新しい出会いがあると思う」と芸能活動の続行を示唆した。
 月組トップを5年務めた。
 「包容力ある男役像を確立できた。スーツと黒燕尾(服)が似合ったと思う」と胸を張った。また「私は比較的、早くトップに就任したので下級生と上級生の橋渡しになれればと思った」と説明。気軽に下級生に声を掛けるなど「コミュニケーションを持つ場を心掛けました」と明かし、頼れる“兄貴”の気配りを明かした。
 この1年半はコロナ禍に翻弄(ほんろう)された。昨年、自宅待機は4カ月に及んだ。兵庫県宝塚市の宝塚大劇場での舞台「ピガール狂騒曲」とショー「WELCOME TO TAKARAZUKA」は当初の予定から約5カ月遅れて9月25日に開幕。宝塚5組の中で最後の公演再開となった。今年2月に予定されていた退団も半年先延ばしとなった。
 「いつになったら日常が戻るのかという不安がありました」と率直に振り返った。「より良い舞台ができることを心掛けた。(トップとして)、私の体調や精神状態でみんながピリピリすることなく、それぞれが役に向き合える環境をつくった」と話した。
【珠城りょう】たまき・りょう、10月4日生まれ、愛知県出身。同県岡崎市の光ケ丘女子高校を卒業。初舞台は2008年3月の「ME AND MY GIRL」。好きだった役は「ラスト プレイ」新人公演のムーア、「THE SCARLET PIMPERNEL」のすべて、「月雲の皇子」の木梨軽皇子、「グランドホテル」のフェリックス・フォン・ガイゲルン男爵、「BADDY」のバッディ。趣味は映画・舞台鑑賞、ドライブ。愛称は、りょう、たまき。身長172センチ。

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