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<戦争体験を受け継ぐ>後編 今、どう向き合うか

2021年8月15日 05時00分 (8月15日 05時00分更新)
 今月は「戦争体験を受け継ぐ」がテーマ。前編は語り継ぎ手を目指す大学生に焦点を当てました。後編に登場するのは、特攻隊から生還した歴史学者と、国内外の戦争の博物館を巡った若手社会学者です。終戦の日のきょう、二人の視点から思いを巡らせてもらえれば。 (加藤祥子)

歴史に学んでほしい 立命館大名誉教授・岩井忠熊さん(98)

立命館大名誉教授・岩井忠熊さん

 戦争体験を継承できるか、できないかはやってみないと分からない。できるだけ継承してもらうように、講演や著述などで努力はしたつもり。でもこの年なので労力の限界も感じます。
 京都帝大一年の一九四三年に学徒出陣で徴兵され、爆薬を積んで敵艦船に体当たりする特攻艇「震洋」の搭乗員に。十人きょうだいで男は六人。その六番目で、「死んでもいい」という扱いです。当たり前の世界。疑問も持ちません。四五年、沖縄県に向かう途中に輸送船が撃沈。助かったのは震洋の隊員百八十七人中、四十五人でした。
 なぜ愚かな戦争をしたのか知りたくて、日本近代史に取り組みました。でも答えを見つけることはとてもできません。「戦後の平和と民主主義」を追求してきました。今、この言葉を正面から使うと軽蔑されることもあります。困ったことです。切羽詰まった時、その言葉を使えなくなったらどうなるのでしょう。
 切実に継承と向き合わされています。体験者がいなくなった時に、抵抗感を持たないんじゃないかな。そこに危険があると感じます。歴史から、継承すべきことと継承してはいけないことを反省的に学んでほしい。うかうかしていたら、思ってもみないところへ追い込まれていきます。

できるだけ多く記録 社会学者・古市憲寿さん(36)

社会学者・古市憲寿さん

 「戦争体験の継承」は、平和構築と分けて考えてもいいかなと思っています。これからは第二次世界大戦のように大国同士が本土空襲をする可能性は限りなく少ない。平和を考えた時、目を向けないといけないのは虐殺や難民、食料問題。結び付けすぎると平和の定義が小さくなってしまいます。ただ、あの戦争は新型コロナウイルス禍での私権制限など社会的な出来事で参照されています。この国の大きな間違いの一つなので、基準にはなり続けると思います。
 また「戦争はこうだ」という固定観念から外れていくことも大事なのではないかなと思います。秋ごろ戦争の小説を出す予定で、九十代の方に話を聞いています。体験者の話は生々しい。亡くなった祖母は「焼夷(しょうい)弾が花火のようにきれいだった」と話していました。個人の「小さな記憶」は教科書や博物館の「大きな記憶」からこぼれ落ちてしまうものがたくさんあります。
 「継承とは何か」というのはとても難しい。経験者がいなくなってしまうギリギリの時でもありますが、何十年もたった今だからこそ語れる人もいます。無限にアーカイブが残せる時代。多ければ多い方がいいと思います。新聞でも映像でもウェブでも。残せるうちに何らかの形に残していく意味はあると思います。

記者はこう考えた

 「若い衆が本気で理解してくれるのか。行った人にしか分からんよ」。戦地に行った元軍属の男性がつぶやいた言葉が忘れられなかった。
 今回、体験者も悩んでいることを知った。一方、語り継ぎ手を目指す大学生の岡田彩花さんはまだ模索中という。答えは簡単には出ない。
 岡田さんら大学生2人は、境遇や戦前の平和など「共感できること」を見つけ、さらに一歩踏み出した。体験していないから分からないのは当たり前。分からないからどうするか。その問いが、継承の出発点なのかもしれない。

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