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梶原悠未を高校時代に見出した教師「甘えがあってはだめ」あえて距離を置いた【東京五輪自転車】

2021年8月8日 17時47分

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女子オムニアム 銀メダルを獲得し喜ぶ梶原悠未

女子オムニアム 銀メダルを獲得し喜ぶ梶原悠未

◇8日 東京五輪 自転車女子オムニアム(静岡・伊豆ベロドローム)
 梶原悠未(24)=筑波大大学院=が銀メダルを獲得した。自転車競技での日本女子のメダルは初めて。男女を通じた自転車のメダルは、2008年北京五輪のケイリンで銅メダルとなった永井清史以来3大会ぶりとなった。
   ◇   ◇
 中学まで競泳をしていた梶原が、自転車へ転向したのは筑波大坂戸高入学から。その大きなきっかけをつくったのは、当時自転車部の顧問だった安達昌宏教諭(58)=現福島県立修明高=だ。安達さんの熱心な指導ぶりに、新しい競技に挑戦する意欲を刺激された形だった。
 安達さんは、梶原が初めてローラー台に乗った瞬間に「体がぶれない。この子は強くなる」と確信を持ったという。そこからの指導は熱いものだった。毎日の練習に加え、自ら運転する車で日本各地の大会に梶原を連れて行き、いくつものレースを体験させる。1年の夏、初めて落車して自転車を怖がるようになった時期は、優しく見守った。
 そして梶原は驚異的なスピードで強くなった。2年生になったばかりの5月に全日本ロード・ジュニア優勝。その後はほとんどのジュニア大会を制し、最終学年ではシニアを含む全日本選手権オムニアムを制し、アジア・ジュニア選手権では5冠という驚異的な結果を残した。
 ただ、安達さんは、筑波大進学前後から梶原と距離を置くようになった。「世界のトップレベルになるには指導者への甘えがあってはだめ。卒業前の2月ごろには身を引こうと決めていました。梶原は自分で目的意識を持って練習していける子。筑波大でスポーツ科学トレーニングを積んで、ナショナルチームの合宿に参加していけば、1、2年は苦しい時期があるかもしれないけど、必ず強くなれる。一教師がこれ以上出る必要はないと思った」と、当時を振り返る。生徒の自立を重んじる、教師ならではの決意だった。
 進学後も安達さんのアドバイスを受けられると思っていた梶原とは、すれ違いもあった。結果的に、今の師弟は疎遠になっている。
 だが、母・有里さんの献身的なサポートも受けた梶原は、安達さんの思い描いていた通り、肉体に加えて精神面でも大きく成長した。この日のポイントレースのゴール直前、落車というアクシデントに見舞われながらも気持ちを切らさず、集団に復帰して総合2位を守り抜いた強さは、大学進学後に独り立ちしたからだったかもしれない。
 安達さんはその瞬間を伊豆で、カーテレビで見ていた。入場券もなく、試合会場には入れない。それでも、大舞台を迎える梶原の近くにいたいと、7日夜に自家用車で福島県を出発し、静岡に入っていた。「大きな落車でなくて良かったです」。その言葉には、さまざまな安堵(あんど)感がこもっていた。
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