本文へ移動

稲葉監督は涙浮かべて天を…「楽しい野球で甲子園行けるか」天国の恩師から学んだ“厳しさとの融合”侍Jで生きる

2021年8月8日 10時22分

このエントリーをはてなブックマークに追加
日本―米国 優勝し、ナインに胴上げされる稲葉監督

日本―米国 優勝し、ナインに胴上げされる稲葉監督

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って【侍ジャパン編】 ◇7日 東京五輪 野球 決勝 日本2―0米国(横浜スタジアム)
 勝った瞬間、涙腺は決壊していた。これで恩師の墓前に「金」の報告ができる。稲葉監督の中京(現中京大中京)高の監督だった西脇昭次さんが6月30日、肺がんのため73歳で亡くなった。
 「最期、会いにいけなくて、もっと早く…。お通夜に出させていただいて、参列者や花の数を見て、先生の偉大さが改めてわかりました」。五輪直前の7月10日、北京五輪の監督だった星野仙一さんの供養碑(愛知県あま市)を訪れ、その足でお見舞いに行く約束をしていた。
 稲葉を主将に指名したのが西脇さんだった。「とにかく同学年がバラバラだったんですよ」と当時を振り返る。その初日、新主将は倒れた。
 「新チームになって集合して『キャプテン稲葉』って。まず学校の草むしりをやったんです。伝統だったのかな…。熱中症ですね。倒れたのがスタートだったんです」
 3年生の春にはボイコット騒動が起こった。
 「3年生が『野球がつまらない』って。僕は説得したんですが、みんなの意思は固い。当時は厳しいばかりの時代。それに耐えられなかったわけですね」
 1週間後。西脇さんに呼ばれた。「おまえら、楽しい野球で甲子園に行けるのか? 厳しさの中から楽しさって生まれるんじゃないのか」。この問い掛けに、部員は納得した。最後の夏は1学年下のイチローがいる愛工大名電に敗れ、甲子園には届かなかったが楽しさと厳しさの意味は何となく飲み込めた。
 勇人、拓也、優(すぐる)、由伸…。侍を下の名で呼び、期間中に迎えた誕生日には、青柳が音程を外しながらハッピーバースデーを熱唱してくれた。代表を外れた田口(ヤクルト)から贈られた「赤パンツ」を履いて臨んだ決勝戦。楽しさと厳しさの融合で勝った。勝ちきった。
 「先生はオリンピックをすごく楽しみにされていたんで、いい報告ができてよかった」。集大成の東京五輪。涙を浮かべた目で恩師のいる天を見上げていた。

関連キーワード

PR情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ