(22)出ない声「死にたい」

2020年2月12日 02時00分 (5月27日 03時54分更新) 会員限定

気管挿管で声が出なくなった時に、意思表示の手段として使っていた文字盤

 二〇一六年の桜の花が咲き始めたころ、私は大学病院の集中治療室のベッドにいた。肺炎による呼吸器不全で自発呼吸ができなくなったのだ。口からチューブを入れられ、声帯をふさがれたために声が出なくなった。
 会話には、五十音順にひらがなが書かれた「文字盤」を使った。私が何か言いたい時は、母が文字盤を持ってベッドの脇に歩み寄ってくれた。
 母は「あ」から順番に文字を指しながら、「あ、か、さ、た、な、は、ま…」と読み上げていき、私がタイミングの良いところで、目をパチパチさせて文字に目線を合わせる。
 「ま行ね。次は、ま、み、む…」と母が言い、再びタイミングの良いところで私が目をパチパチさせ、ようやく言葉の一文字目を確定させる。これを何十回何百回と繰り返し、私は自分の意思を伝えた。そして、私は医師にこう聞いた。
 「また、声は出るようになりますか?」
 医師の答えはこうだった。
 「残念ですが、二週間後に気管切開をします。このままでは命の保証ができません」
 涙が止まらなくなった。人生で後にも先にも、あの日ほど神様を恨んだ日はない。隣に座る母の手が震えていた。その両手に抱える文字盤に、ぽたぽたとしずくがしたたった...

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