(21)命綱の声 失う危機

2020年1月29日 02時00分 (5月27日 03時54分更新) 会員限定

2016年春ごろ入院していた名古屋市立大病院。病状は悪化し、命の危機を迎えていた

 二〇一六年三月、私はインフルエンザで入院した。最初は病棟で過ごしていたが、日に日に病状は悪化。呼吸器系が弱く、子供のころから肺炎で入退院を繰り返していたが、この時は過去にないほど深刻だった。
 どんなに息を吸っても肺に空気が入った感覚がなかった。普段は夜間だけ装着している人工呼吸器を日中も使った。だが病棟で使える酸素レベルを最大にしても、まるで、四六時中、水の中に頭を突っ込まれているような感覚だった。苦しい、苦しい。誰か助けてー。
 酸欠になると、次第に意識が遠のいていく。そんな時、母は何とかして胸にたまっているたんが取れるようにと、私の呼吸に合わせ、何度も何度も胸を押さえてくれた。子供のころから母はいつも、私が苦しんでいる時には、そうやってくれた。
 だが、ついに当時の主治医に提案された。「集中治療室に行きましょう。早く気管に挿管して空気を送り込まなければ、命が危ない」。自分が置かれている深刻な状況が分かった。この時、すでに私は呼吸困難で会話もままならなかった。代わりに母が主治医に尋ねた。「もちろん管はすぐに外れますよね?」
 「正直、今までの仙務(ひさむ)くんの状態でここまでもっていたこ...

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