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<戦争体験を受け継ぐ>前編(2) 受け継ぐ側の思い

2021年8月8日 04時59分 (8月8日 09時54分更新)
 Dig前編では、「戦争体験の継承」について考えてもらうため、戦争と平和の資料館「ピースあいち」(名古屋市)が企画した「戦後世代の語り継ぎ手ボランティア」に参加する大学生の姿を中心にまとめた。図では「ひめゆり平和祈念資料館」(沖縄県)の展示リニューアルと、カラー化した戦前と戦時中の写真を地図上やAR(拡張現実)で表示する取り組みも一部紹介した。さらに考えを深めてもらうため、企画者たちの思いを中日新聞Webで紹介する。(聞き手・加藤祥子)

◆ひめゆり平和祈念資料館

▽学芸員 古賀徳子(のりこ)さん(50)
 ―生き残った学徒の戦後の展示を加えた。

イラストや写真を多用して、日常の学校生活を紹介する第1展示室(ひめゆり平和祈念資料館提供)

 自分たちで自分たちのことを展示するのは難しい。「生きるのも死ぬのも一緒だよ」と友達と約束した学徒たちは戦後、「生き残ってしまった」という思いなどを抱いてきた。戦争自体の悲惨さだけでなく、経験した人たちがどんな思いで語ってきたのかも伝えたいと思った。戦後の思いや平和への願いを知って、思いを受け継いで努力していくことが継承なのではないか。
 
 ―古賀さんが心動いたのは。
 1990年、大学時代に初めて資料館を訪れ、体験者の話を聞いた。「戦後何十年たっても、つらい話を続けているのはなぜだろう」と思った。戦争が駄目だと伝えようとしているのは分かるが、もっと深い何かがあるような気がして、ずっと気になっていた。その後、資料館で一緒に展示を作っていく中で亡くなった友達への思いを知った。伝える姿に引きつけられた。
 ―語り手が語れなくなった時、戦争を知らない人はどう継承していけるのか。

ひめゆり学徒隊の仕事などをイラストで描き、イメージしやすいよう工夫した第2展示室(ひめゆり平和祈念資料館提供)

 体験者にとっても体験を語ることは難しい。体験した人たちでも信じられない出来事だったそう。語る時に「分かってもらえないんじゃないか」「伝わるような話になっているのか」と常に考えていた。体験者同士でも「これで良かったかな」と話し合い、伝えるための工夫や改善をしてきている。「少しでも分かってほしい」という思いで語ってきた姿を見てきた。私たちも努力はするが、100%伝えられるわけではないし、100%受け取ることも難しいと思っている。少しでも伝わるようやっていくしかない。全く知らない人が、一歩踏み込んで、さらに「知りたい」と思ってくれたら。

生き残った学徒隊の戦後を伝えるため新設された第5展示室(ひめゆり平和祈念資料館提供)

◆記憶の解凍 ARアプリ

▽東京大2年 庭田杏珠(あんじゅ)さん(19)
▽東京大大学院 情報学環 渡邊英徳教授(46)
 ―ARアプリのきっかけは。
 渡邊教授:2011年、被爆者の証言を地図上で紹介した「ヒロマシ・アーカイブ」を作った。それは被爆後の話がメイン。平和記念公園になっている広島市中島地区は、原爆で全焼したため被爆後の証言があまり残っていない。アーカイブでも空白になっている。庭田さんが、その空白に注目した。

記憶の解凍ARアプリの画面。左下は、かつて「産業奨励館」だった原爆ドーム。広島平和記念公園の中には戦前の写真があちこちに浮かんでいる

 庭田さん:2017年6月に、戦前、広島市中島地区に暮らしていた浜井徳三さんとお会いした。対話を通して白黒写真をカラー化する中で、もっといろんな人に体験者の思いや記憶を伝えたいと考えた。ARアプリ化することで、現地で使うことを促すことができると思った。現地でスマートフォンを掲げると、今の平和公園に昔の写真が浮かび上がる。中島地区はかつて4400人が暮らした広島一の繁華街。戦前の平和な暮らしの息遣いを、ARアプリで時空を超えて想像してもらえる。五感を通して学ぶことが大事だと感じている。
 ―「新しい継承」と表現している。
 庭田さん:平和教育では1945年8月6日8時15分より後のこと、つまり原爆投下後の惨状が重視されている。でも、かつてどういう場所だったのかは知られていない。今と変わらない平和な暮らしがあった。今と重ねた時、日常が失われたことが想像できることが重要なのではないか。体験者がいなくなる時代が近づいてきている中で、どうやって当時のことを考えていけるか。アートとテクノロジーを通して共感とともに伝えることが、惨状に加えて重要になってくる。
 渡邊教授:庭田さんから、空白の中島地区に人々の息遣いがあったんだということを発信できないでしょうかという手紙をもらった。地元で生まれ育った庭田さんだからこそ出てきた発想。教員サイドからこういうのが正しい平和だとか、戦争体験の継承には正しい作法があって、それをまずやりなさいという方法だと、創意を押しつぶしてしまう気がする。平和な世界がいいと思っているはずなのに、縮こまっている。若者たちが自発的に取り組もうとしていることをきちんと拾って支えるような社会の意識づくりをしないと、新しい世代の記憶の継承は尻すぼみになってしまう気がする。

記憶の解凍ARアプリの地図に浮かぶ写真のタイトルをクリックするとでてくる画像。画面上ではモノクロからカラーに変わる

 ―カラー化やARは戦争を知らない若者にとって気軽だ。
 渡邊教授:ARなどは好奇心を引きつけるところがある。しかし、先に技術に興味を持つアプローチだと意図からずれてしまう。こういうことが伝えたいというメッセージをストーリーに表すことができるかが大事。カラー化やARは面白いけれど、それはとっかかりでしかない。
 庭田さん:AIでカラー化するのは下色づけ程度。そこから当時の資料や戦争体験者と対話を繰り返すことで色がよみがえる。戦争体験者にとっては技術がすごいとかではなく、カラー化した写真を通して、思いや記憶を伝えてほしいというのがメインだと思う。対話によってよみがえった、「誰にも同じ思いをさせてはならない」という崇高な思いを伝えていくということ。そういうメッセージを受け取って自分はどうするのかを考えるのが重要。私にとってはカラー化だったが、自分自身の環境で何ができるか考えてもらうことが重要。
 ―改めて、受け継ぐとは。
 庭田さん:戦争体験をそっくりそのまま受け継ぐのは難しいが、思いや記憶は、伝える人が変わっても受け継がれると考えている。「戦争」「平和」と言われると歴史的な感じがするが、歴史的な記憶になっているものは、一人一人の貴重な経験。時を経るごとに大きな事象に変わっていく。その一人一人の記憶に当たった時に自分事として考えられる。貴重というのは、時間が限られているだけでなく、やっと言葉にすることができる時でもあるということ。その重い記憶を受け取って伝えようと思う。受け継ぐ上では共感や想像力が大切になってくる。
 渡邊教授:庭田さんのような人を育てていくのが教員としての継承。育てるというのは、出来事や環境、人々との出会いや作ったものへの感想から。それを邪魔しないようにすることが継承につながると思う。社会は押さえ込む。でもそれは社会にとって命取りになる。動いている世界を刹那的に見て価値判断して、新しく動こうとする人を押さえ込むことは未来をなくすこと。常にそういう心構えでいないといけない。

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