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ブブカを超えた「新鳥人」は大谷翔平の大ファン…世界新記録は逃しても「どれほどファンタスティックなんだ!」【東京五輪】

2021年8月4日 11時55分

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棒高跳びのアルマント・デュプランティス(AP)

棒高跳びのアルマント・デュプランティス(AP)

◇ヘンリー鈴木のスポーツ方丈記
 スタンドを観客が埋めていたら、6万人を超える大きな熱狂に包まれていただろう。競技12日目の3日、時計の針が午後10時をまわった国立競技場。すでに女子200メートルなどの決勝は終了し、フィールドで競技をしているのは「新鳥人」の異名を持つスウェーデン代表の21歳、棒高跳びのアルマント・デュプランティスだけだった。
 それまで6メートル2センチを含む5度の試技をすべて一発でクリアし、金メダルは確定。6メートルを超えた今大会唯一の選手となり、最後は自身が昨年マークした世界記録を1センチ上回る6メートル19センチに挑戦した。2位のニールセンらフィールドに残った選手や関係者が手拍子で後押しする中、試技1回目は落下する際に胸がバーをかすり、失敗。2回目は跳躍のタイミングが合わず、最後の3回目は膝がわずかに触れてバーが落下。東京での世界新記録達成は実現しなかった。
 「説明できないほどシュールな感覚だった。自分がずっと追い求めていたのは、これだったんだ。この競技こそが自分を最高の場所に導いてくれるものだと子どもの時から信じて取り組み、いまオリンピックで勝つなんて、どれほどファンタスティックなんだ!」
 ブラウンヘアーの美青年は、それでもテンションは上がりっぱなしだった。コーチでもある父はかつて棒高跳びの米国代表で、スウェーデン出身の母は七種競技とバレーボールの選手。さらに24歳の兄アントワーヌは2019年に大リーグのメッツからドラフト12巡目で指名され、今季は同球団傘下のマイナー、ブルックリン・サイクロンズ(1A)で外野手としてプレーしている。
 米ルイジアナ州で育ったデュプランティスも野球は好きで、驚いたのはエンゼルスの大谷翔平の大ファンであること。二刀流に挑戦していることを、大谷が日本ハムに所属していた時から感銘を受け、ユニホームも買ったことがあるという。あこがれの大谷の母国で金メダルを獲得したことは、感慨ひとしおだったかもしれない。
 棒高跳びといえば、かつてはセルゲイ・ブブカの独壇場だった。1985年に世界で初めて6メートルを突破し、その後も自身の世界記録を何度も更新。88年ソウル五輪では当時のソ連代表として金メダルを獲得した。ただ、当時のブブカを取材していると、跳躍に余裕があっても世界記録をわずかでも上回ったらそこで競技終了。記録を更新した際のボーナス契約を、大会ごとに結んでいたためだった。金のために実力を出し惜しみしているような姿勢は正直、好きになれなかった。
 そんなブブカが保持していた屋外世界記録6メートル14センチを昨年9月に1センチ上回り、26年ぶりに更新したのがデュプランティスだった。その7カ月前には6メートル18センチの室内世界新記録を達成しており、いまや名実ともにブブカを超えた(世界陸連は屋内外での記録を区別していない)。
 米国籍も持つデュプランティスがスウェーデンからの出場を選択したのは、母の希望をくんでのこと。スウェーデンも父親をコーチとして招くなど全面的な支援を約束した。生活拠点をスウェーデンに移したデュプランティスは「ヨーロッパ各国の遠征にも便利。とても住みやすい」と、手厚いサポートに感謝している。
 多くの問題を抱えて船出した東京五輪だが、200以上の国・地域から参加する選手ら一人一人が競技に立ち向かう純粋な思いに陰りはない。それを同じ空気、緊張感の中で見つめることができる観客の不在は、本当に残念に思う。それでも彼ら、彼女らが東京に持ってきてくれたもの、そして残していってくれるものは変わらない。それらを残り少なくなった日程の中でも見つめていきたい。
 ◆ヘンリー鈴木(鈴木遍理) 東京中日スポーツ報道部長、東京新聞運動部長、同論説委員などを経て現東京中日スポーツ編集委員。これまで中日ドラゴンズ、東京ヤクルトスワローズ、大リーグ、名古屋グランパス、ゴルフ、五輪などを担当。
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