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【石川】本紙に手記、複雑な胸中つづる 東京五輪 4日に初戦

2021年8月2日 05時00分 (8月2日 09時48分更新)
 東京五輪カヌー代表で石川県小松市出身の松下桃太郎選手(33)=自衛隊=の母明美さん(61)が、四日に始まるレースを前に、本紙へ手記を寄せた。幼くしてパドルを握り、抜きんでた才能で「カヌーの申し子」と呼ばれた。今なお第一線で活躍し、エースとして挑む二度目の五輪。わが子を信じ、精いっぱいの笑顔で送り出す。だけど「本当は心配でたまらない」。便箋四枚につづった。(前口憲幸)
 静かな水をたたえ、霊峰白山を望む。世界有数の練習環境で知られる小松市の木場潟。その近くで育ち、気が付くと、競技歴は四半世紀となった。「大好きなカヌーに全てをささげ、日の丸をつける。誇らしい。でも、責任と重圧を思うと胸の奥が苦しくなる」。母は複雑な胸中を明かした。
 「桃太郎へ」。思いを伝えようと、初めて筆を執った。初めての五輪となった二〇一二年ロンドン大会から、九年。「長いようで短く、短いようで長かった道のり」と表現した。たくさんの感動、それと同じくらいの挫折もあった。カヌーの技術は分からない。ただ、ひたすら活躍を祈っていた。
 桃の節句に三九五〇グラムで生まれた。活発で人気者。手記には小学校の運動会で響いた「桃ちゃんコール」が忘れられないと記した。
 孝行息子は年齢を重ね、カヌー界の期待を一身に背負う。「報道陣に囲まれ、取材を受ける姿を遠くから見て、わが子が遠い存在になっていくような、正直、そんな寂しさも感じた」
 さらに思いを巡らせる。「腰痛に悩み、痛み止め注射を打って海外のレースに挑んでいた」。あの時、現地の応援席に座ったけれど「痛々しくて見ていられなかった」。歯を食いしばって進んだわが子を思うと、今でも涙があふれてくる。
 メダルを期待する声を耳にする。もちろん、満面の笑みで表彰台に立つ姿がみたい。けれど、手記にはそんなメッセージはない。「悔いなく思いっきり」「感謝の気持ちを決して忘れないで」。母が贈ったのは、幼き日から、ずっと同じ、いつも通りの言葉だった。

【プロフィール】まつした・ももたろう=小学2年の時、父秀一さん(66)がコーチを務めるカヌー教室に入った。同世代では断トツの実力を発揮。2003年、小松商高1年の夏、地元の木場潟で開かれた「世界ジュニア選手権」に最年少出場した。10年、14年のアジア大会で計3個の金メダルを獲得。東京五輪では日本男子で唯一、カヤックの1人乗りと4人乗りの2種目に挑む。身長168センチ、体重80キロ。

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