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サーフィン銀メダルの原点に“一大決心”…2018年に日本国籍を選んだ五十嵐カノア「日の丸で戦えたらうれしい」【東京五輪】

2021年7月27日 16時16分

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五十嵐カノア(AP)

五十嵐カノア(AP)

◇27日 東京五輪 サーフィン男子決勝(千葉県・釣ケ崎海岸)
 東京五輪から新種目になったサーフィン男子で五十嵐カノア(23)が決勝でイタロ・フェヘイラ(ブラジル)に敗れ、銀メダル。サーフィンの五輪初代王者の座こそ逃したものの、日本サーフィン界初のメダリストに輝いた。
 五輪の大舞台でカノアが快挙を果たせた理由は何か。それは、日本代表として東京五輪に臨む一大決心があったからだ。
 「2018年4月26日」。それが、東京五輪で日の丸を背負うカノアの運命が決した日だ。
 国際サーフィン協会(ISA)はこの日、日米両国籍を持ち、17年シーズンは米国選手として活動したカノアの国籍登録変更を承認。2020年東京五輪に日本代表で出場することが可能になったと発表した。日本人の両親を持ちながら米カリフォルニア州で生まれ育ち、アマチュアの全米王者を経て、16年からプロ最高峰チャンピオンシップツアー(CT)に本格参戦していたカノアの一大転機だ。
 国籍登録を日本に変えてから5カ月後、愛知県田原市で開催された「ワールドサーフィンゲームス」(WSG)でカノアは日の丸を背負う覚悟を語っている。
 「もう子供の時から日本の旗でやりたいなっていう気持ちがありました。(東京)オリンピックが決まり、チャンスがあるなら日本代表で、日の丸で戦えたら家族も親戚もみんなうれしいと思うので。日本のサーフィンファンもすごくいるだろうし。そんなチャレンジをやってみたいなって」。初めて日本代表として挑んだそのWSGでカノアは日本勢初の銀メダルを獲得。団体戦では日本に初の金メダルまでもたらし、日本の関係者を喜ばせた。
 でも順位より何より、カノアには大事にしたいものがある。
 「日本でサーフィンはまだまだメジャースポーツではない。だから日本の選手として僕が活躍すれば、ファンや競技人口がもっと増えるはずだと思ってチャレンジしている。オリンピックで世界に向けてサーフィンのすごさを見せたい。そのためには金メダルも大切だけど、それよりもサーフィンをもっと(一般に)広げられる方が大切だと思っています」
 両親の母国・日本への強い誇り、そしてサーフィンに対する深い愛情。その思いを果たした銀メダルの輝きは色あせない。
     ◇
 ▼五十嵐カノア(いがらし・かのあ) 1997年10月1日生まれ。180センチ、78キロ。米国カリフォルニア州サンタモニカ出身。両親は日本人。2019年チャンピオンシップツアー優勝。カノアはハワイの地元の言葉で「自由」を意味する。
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