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昨年独立、デビュー40周年の山川豊 激動する時代に熟成した演歌を

2021年7月27日 16時00分 (7月27日 16時00分更新)
「兄貴の存在は刺激になった。僕もスタッフもファンも負けてたまるかと食らいついていった」と語る山川豊

「兄貴の存在は刺激になった。僕もスタッフもファンも負けてたまるかと食らいついていった」と語る山川豊

 昨年末、デビュー時から在籍した長良プロダクションを退社した山川豊。独立して迎えた四十周年は、新型コロナ禍でキャンペーン活動もままならない。「ダブルパンチです。でも、皆が大変な思いをしているわけですから」。演歌を知り尽くしたベテランはどこか泰然としている。
 三重県生まれの山川は一九八一年の「函館本線」でデビュー。ヒット曲「アメリカ橋」はじめ「ニューヨーク物語り」「霧雨のシアトル」の米国三部作が話題になった。
 「『アメリカ橋』だって五年歌って、やっと全国津々浦々に広まった。今はすぐに飽きられて新しいものが求められるが、演歌は一、二年で結果を求めてはいけない」
 昨年出した「拳」についても、「まだ売り切っていないけど勝負は来年」と見据える。

 デビュー当時の「函館本線」では、「どちらかというとクラシック畑のディレクターにこぶしを取られた」ことで、演歌でありながら...

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