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“我慢”が本番で生きるか…柳田「やれる、出たい」侍J稲葉監督が語った起用の舞台裏と2008年の北京で見た光景

2021年7月26日 10時18分

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6回表1死二、三塁、柳田が右前適時打を放つ

6回表1死二、三塁、柳田が右前適時打を放つ

◇渋谷真コラム・龍の背に乗って【侍ジャパン編】 ◇25日 巨人0ー5侍ジャパン(楽天生命パーク宮城)
 まずは途中出場と見られていた柳田が「6番・中堅」で先発した。7回に退くまで適時打を含む3打席。方針が変わったのはこの日の昼すぎだという。
 「ギリギリまでトレーナーの報告を待ってね。ギータがあまりにも行きたそうだったのと、ぶっつけ本番での五輪にすごく不安を感じていたんです」
 稲葉監督は起用の舞台裏を語った。前日までも「やれる、出たい」と言う柳田を、稲葉監督が「我慢させてきた」という構図。慎重の理由は脇腹故障という故障箇所にある。本人が「大丈夫です」と言って試合に出ては、再び後退するケースを僕も何度も見てきた。最も危険なのが打撃であり、中でも空振りだ。この日は4度振って、空振りは1だった。
 稲葉監督が必死に止めてきた理由は、他にもあると思っている。選手として出場した2008年の北京で見た光景を、監督として教訓にしているのでは…。遊撃のレギュラーとして期待された川崎宗則(当時ソフトバンク)は、直前合宿で左足甲を痛めた。キューバとの初戦に強行出場し、3安打放ったが、悪化した。計3試合しか出ることができず、帰国後に疲労骨折が判明した。
 川崎自身に後悔はないだろうが、チームとしての「最善」は他にあったのではないか。メダルを取り逃がした北京の屈辱。故障に対する冷静な判断を欠いたことも、数ある敗因の一つかもしれない。ましてや柳田は4年前に同じ場所を痛め、1カ月も離脱している。実戦復帰を焦っての悪化だけは避けたい。それが侍ジャパン指揮官としての危機管理だった。
 「プレッシャーや緊張もあると思いますが、いざグラウンドに立って野球をすれば、自分のやりたいことは変わらないと思う。そこを乗り越えて、一皮むけられるよう願っています」
 柳田の表情は明るかった。ここまでの「我慢」が、本番で生きると信じたい。
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