本文へ移動

<あいちの民話を訪ねて>(43)浄瑠璃姫物語(岡崎市)

2021年7月25日 05時00分 (7月25日 12時10分更新)
誓願寺にある浄瑠璃姫の供養塔(中央)。両側に乳母と侍女の供養塔もある=岡崎市矢作町で

誓願寺にある浄瑠璃姫の供養塔(中央)。両側に乳母と侍女の供養塔もある=岡崎市矢作町で

  • 誓願寺にある浄瑠璃姫の供養塔(中央)。両側に乳母と侍女の供養塔もある=岡崎市矢作町で
  • (右)浄瑠璃ケ淵にある「散る花に 流れもよどむ 姫ケ淵」と詠まれた句碑 (左)姫が身を投げたとされる菅生川(乙川)の浄瑠璃ケ淵=いずれも岡崎市吹矢町で
 平安末期の若き源義経と浄瑠璃姫のラブロマンス。伝統芸能の浄瑠璃の原型とされる浄瑠璃姫物語は、矢作の地(現岡崎市西部)を舞台として伝わっている。
 京都から奥州平泉(岩手県)まで旅する源義経が姫と恋に落ちる。物語は中世の読み物「十二段草子(ぞうし)」などで語られ、江戸時代には人形浄瑠璃の題材として庶民の間で広まった。
 だが、物語には別のストーリーも多く、明確な成立時期や伝説か史実なのかは分からない。岡崎市内には複数の姫の墓や供養塔があり、矢作地区や市中心部の明大寺地区を中心にゆかりの古跡が点在している。
 岡崎市矢作町の誓願寺には姫の供養塔や義経の笛、木像などが残る。「市民には親しみのある物語だが、詳しいことは謎のままですね」と話すのは、二十八代目住職の加藤覚(さとる)さん(72)。笛や木像などは非公開だが、供養塔は日曜祝日のみ近くで見ることができる。
 岡崎市吹矢町の成就院にも姫の供養塔。すぐ北側には菅生(すごう)川(乙(おと)川)が流れ、姫が身を投げたとされる浄瑠璃ケ淵がある。一九六四年には「散る花に 流れもよどむ 姫ケ淵」との句碑が、義経が旅立った奥州の方角に向けて建てられた。
 二人の...

中日新聞読者の方は、無料の会員登録で、この記事の続きが読めます。

※中日新聞読者には、中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井の定期読者が含まれます。

関連キーワード

PR情報

愛知の新着

記事一覧